「ではこれで終わり。一年間、みんなありがとうな」
担任の先生は、そう言って頭を下げた。本当なら僕らがお礼を言うべきなのに。
「きりーつ、礼!」
こうして、慌しかった一年生が終わり、僕らは春休みを迎えた。
別に、期待なんてしてなかったけど。


リトルバスターズが編成される前を勝手に想像して作りました曲SS『桜夜風』 music by スキマスイッチ

 「なぁ理樹よ、なんつーかさ、カツ食いたくねぇか?」
「真人は年中でしょ?」
寮へと戻る渡り廊下で次々に旧友たち…真人、謙吾、鈴と合流する理樹。
全員いいタイミングで教師の話が終わり、そして一緒に帰れるようだ。
後は、新しい学年に備えて春休みの間にすべきことを終わらせるだけ。
「真人、課題はちゃんと持ってきた?」
「へ?課題?」
「…」
そう言って真人は考え込み、言われてみれば春休みの課題のプリント(の束)をたくさん貰ったことを思い出す。
「……あぁ、アレか」
「何間をおいてしかも僕の目を見てるのさ」
「いやぁ、理樹ならきっと始業式の晩に全部写させてくれると思ってさ」
「はぁ…」
それにまったく罪悪感を感じないあたり、普通の人間なら怒るに違いない。
ただ理樹にとっては小さい頃からの付き合いだし、いざというときは助けてくれた。
だから、彼にとってはその等価交換が宿題を写させることなのかもしれない。
なにより、下手に出て『移させてください』なんていう真人を想像したくない。
その率直さも理樹にとっては居心地いいものだった。
「理樹、こいつにはそろそろ、因果応報というものを覚えさせたほうがいい」
「んだてめぇ。オレが犬みたいじゃねーか!」
この大男たちの喧嘩も日常茶飯事なのだが。
しかしお互い別のクラスでも彼らの絆は非常に強く、学校内でもそこそこの有名人。
…特に、今はここにはいないが、一番のキーパーソンは。

 と、渡り廊下の向こう、パタパタと走る女の子が。
…次の瞬間転倒したが、鼻の頭を擦りながら、にぱぁと笑っていた。
周りの女子から心配されても、すぐに笑顔で手を振り、また元通りの行動に戻り、転ぶ。
「神北が珍しいのか?」
「神北?さっきの子?」
いわれてみれば同じ学年でも、ずっと小さい頃に作ったチーム、リトルバスターズの面々と一緒にいたため、
生徒の顔と名前があまり一致しない。同じ学年でも、クラスや選択した科目が違うだけで。
「神北は落ち着きがないことで有名だからな。そして時折自爆する」
謙吾がいつものクールな笑みを浮かべながら呟く。この男と真人はある程度学年の生徒は把握しているらしい。
「じゃ、知らないの、僕と鈴くらい?」
「失礼な。あたしだって知ってるぞ」
「じゃ下の名前言ってみろよ」
「…かみきた、ゆきち」
「思いっきり女の子だから…」
なんだ知らないんじゃないか、とため息。
理樹よりも鈴のほうが学年はおろか、クラス担任の名前すら知らない。
知らないというより、単に覚えるのが面倒くさいだけなのだろう。
…誰も手懐けられない、誰にも懐かない、そんな孤高を貫く仔猫だから。
「しかし神北が一万円札に載ったらそれはそれで面白そうだな」
「何をバカなことを…」
そこで分かれ道。部室棟に向かう生徒と寮に帰る生徒の岐路だ。
「では俺は行くぞ。理樹、また後でな」
「あ、うん。部活?怪我しないでね」
あぁ、と彼らしい微笑を浮かべると、そのまま歩き去る。
「何だよアイツ、オレと鈴には挨拶ナシかよ…」
妙なところは細かい幼なじみだ。


 さっきまで隣にいた鈴がいないことに気付く。
「あれ、鈴は?」
「おっ!テンコーのイリュージョンか!?」
「いやテンコーじゃないし…」
辺りを見回しても見当たらない。が、木の陰からそれは覗いていた。
「鈴、そこに隠れてるの?」
「…いない。あたしは鈴じゃない」
「思いっきり鈴の声だけど…」
そして近づくと、木の陰で仔猫を抱き上げていた。
まだ目も開いてない、小さい猫。
「生まれたばかりなのかな」
「可哀想にな…弱っている」
元来仔猫は母親猫と行動を共にするものだが、たまに胎内に残っている仔猫を思いがけず別のところで出産し、
そして先に生まれた他の仔猫のところに帰ってしまい、こうして取りこぼされる生命もある。
…大抵は目も開かぬうちに他の肉食獣、例えば猛禽類に襲われたり、雨に濡れて衰弱死するなど、悲惨な運命が
その猫を待ち受けるものだが。
そして例に漏れずその猫も、静かに、孤独に、心臓の鼓動を止めた。鈴に抱かれながら。
「理樹…」
「…埋めてあげよう?お墓、僕も一緒に作るから」
「…」
鈴は身体だけ成長して、まだ心が幼い。
だから死ぬということにあまり強い感情を持っていない。命に対して、シビアなのだ。
「理樹。あたしは、どしたらいいんだ?」
どんな顔したら、いいんだ?
そんな言葉が自然に出るのだから、どう教えていいかも分からない。
「…大丈夫。鈴は何も悪くないから」
見つけたこと、拾ったことが罪なのかもしれない。だけどそれは咎められることではない。
誰しも、泣いているものには手を差し伸べるものだ。その先に非情な運命が待っていても。

 程なくして真人も合流し、猫のお墓を掘る。
鈴は保健室から貰ってきたガーゼで仔猫の亡骸を包み、そして真人が掘った穴に埋める。
「…」
そして理樹が何故か近くにいっぱい転がっていたガラス玉で装飾し、簡素ながら墓は出来上がる。
「猫、今度は幸せになれればいいね」
「…そうだな」
その感情をぶち壊すかのようにドタドタと足音がする。
振り返ると一人の女生徒が生徒会の『風紀委』の腕章をつけた一団に追われていた。
「廊下や通路にびーだま仕掛けたのあなたでしょ!」
「うわー、お助けーっ!」
「ありゃ三枝だな…またやったのかアイツ」
真人が先ほどの神北という女子生徒に続き、彼女のことを教えてくれた。
何でもイタズラ好きの生徒で、遅刻や寮の門限時間遅刻の常習犯らしい。
そうして一日一回はあぁして風紀委員に追い掛け回されるのがある種のライフワークらしい。
「まぁあまり係わり合いになりたくねぇけどな。ほら理樹、鈴、行くぞ」
「うん」
「…」
鈴はずっと、仔猫の眠る墓を見つめている。
ガラス玉に見とれているのだろうか、それとも猫を憐れんでいるのだろうか。
頭を下げるでもなく、祈るでもなく、そこに立ち尽くすだけ。
「…」
「鈴。行こう」
「…うん」
ちりん。鈴の音がなると同時に、三人は歩き出した。


 暫くして恭介が合流する。
「わりぃ、担任に捕まってた」
そうして笑う彼が、実は学校一の有名人だ。
彼の考える遊びは常に抜け目なく、時に学校中を巻き込む大騒動を展開することがある。
今回もそれ絡みで担任に捕まっていたに違いない。
「春休みだが校内で酒を持ち込んだお花見は絶対するなよ、だとさ」
聞いた話だが、どうやら去年、つまり2年生に上がる前の春休みにしたというのはどうやら本当らしい。
「宿直の教師も一緒になって騒いだからな。さすがに今年はお咎め喰らいたくないんだろうよ」
咎めも何も未成年なんだから…そんな理樹のツッコミは到底通用しない。
楽しければそれでいい、そんな人だから。
だからこそ彼を慕う仲間達と、多くの理解者がいる。でも本当の彼を知るのは、無論、リトルバスターズの面々だけだ。
「さて、花見禁止なら、今年は何するか。理樹、何かいい案はないか?」
「え、僕?」
いきなり振られて慌てふためいている彼らの間を、一人の女子生徒が通過する。
「邪魔だ。渡り廊下だぞ」
「あ、ごめんなさい」
そんな彼らと目を合わせるでもなく歩き去る、長身で長い黒髪がまぶしい女性。
その髪から香ってきた優しい匂いに、一瞬ボーッとなる理樹。
「理樹、くるがやだけはやめとけ。絶対ロクなことにならねぇから」
「…え?」
「完全に惚けてたな。理樹、お前もついに春を迎えるか。兄ちゃん嬉し恥ずかし寂しい…」
まったく何を言っているか分からない二人をよそに、女子生徒は振り返り、軽く睨み付ける。うるさいぞ、と。
そして何事もなかったかのように渡り廊下の向こうに消えた。

 来ヶ谷。入学直後の実力テストから学年末考査まで、全試験において2位と大差をつけ不動の学年トップ。
それくらいは理樹も知っていたが、どんな人かまでは知らなかった。女子ということは名前で大体想像していたが。
「何か、詳しくは知らねぇが、謙吾が前そんなことを言ってたからな」
結局のところ何が問題なのか真人も知らないらしい。
「まぁ、謙吾が真人にそれを話した状況のほうが俺には気になるわけだが」
恭介も、抜かりなし。
たちまち詮索が始まるが、そんな彼らを無視して鈴は空を見ていた。
「…雨、降りそうだ」
「…本当だね」
春一番が吹くのだろうか。そうしたら、新しい季節が巡ってくる。
ふと見ると、迷い込んだ子犬だろうか、グラウンドの隅で小さくなっていた。
吹きさらしの子犬。蕾をつけた桜の木の下で、これから雨をしのぐのだろう。
「…ねぇ。今年はさ」
「ん?」
先に歩き出した三人に声をかける理樹。なぜ声を出したのか、自分でも分からないが。
「今年は、みんな一緒のクラスがいいねっ。また、みんなで遊びたいねっ」
「…おうよ」
「…そーだな」
「おいおい、俺に留年しろってか?」
そう言いながら笑う三人に、理樹も合流する。
空を、見上げながら。


 知らないことがあまりに多すぎる世界。
だけど、この春は何かが起こりそうな気がしていた。
強いて言うなら、悲しい物語。
理樹はその晩夢を見た。
大切な人が出来た夢を。
隣には黒い髪の女性。彼女が微笑む。理樹君、好きだぞ、と。
だけど次の瞬間夢は暗転する。その人の顔が血だらけになり、やがて骸骨になる夢。
悪夢に飛び起きると、時間はまだ午前3時。
「…」
春休みが始まったばかりなのだから、もう少し余裕を持って眠っていもいいのに。
「…誰、なんだろうな」
予知夢にしてはあまりに性質が悪すぎる。きっとこれは夢占いで言えば、大切な人に気を配れ、という暗示なのだろう。
理樹は占いはあまり信じていなかったが、そう解釈することにした。
「…あの人、誰なんだろうな」
めぐり来る春に、悲しみを前提とした話は無粋だ。
そう言い聞かせる。予知夢なら、そうならないように大切にしていこう。大好きな人、みんな。
いつしか彼は、新しい夢の世界にいた。何故か野球をする夢。みんな会った事のない人ばかりだけど。
理樹の打ち返した白球を追う笑顔の仲間達。いつか、こんなことが本当に出来たら、いいな。
願いながら、訪れる朝のつかの間のハーフタイムを楽しんだ。



 春休みはあっという間に過ぎ去り、新学期。
クラス替え、張り出された紙。
「えーと、俺と理樹と鈴と謙吾は見事に一緒だな。やったな」
真人がオレの日ごろの行いだな、とうんうんと頷く。
「仮にそうならそんな日ごろの行いのお前を死ぬ気でけん制しろ、っていう教師達の願いが聞こえなくもないがな」
「んだとコラァ!」
と言いながらも謙吾も嬉しいのだ。なぜなら、久々の全員勢ぞろいだから。
「と、神北も一緒だな。ん、らいらいだに?」
「来ヶ谷だ、くるがや」
「…くるがやってこう書くのか?」
真人は素で知らなかったらしい。かくして、2-Eになった彼らは桜の香りのする空気を纏い、歩き出す。
願わくば、この一年が最高の思い出とならんことを。そう祈りながら。
そして、扉は開かれて…。

---歩き出したら 風に任せて 水溜り越え 当てもなく
  立ち止まらずに 『いつかの場所』を ふとした時に思い出さぬよう---

(終わり)


あとがき

スキマスイッチの隠れた名曲、桜夜風。
今回はそれをバックにリトルバスターズ@野球チームが出来る前の元祖リトルバスターズを描いてみました。
もちろん、二次創作ですので、現実と大きく違うと思います。
だけど、きっと最初の頃は理樹も鈴も、唯湖や小毬は知らなかった、知っていてもせいぜい顔見知り程度。
そんな彼らがあったから、今のリトルバスターズがある。
だから、この作品を読んだ後もう一度他の作品も読んでみてください。
ほら、世界観変わったでしょ?時流でした。

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