例えばそこにりんごが1個あるとしよう。
そのりんごを全員に均等に分けるためには、包丁を入れる入射角も大事だけど、可食部をいかに残すかということも大事なファクターだ。
だとしたら、薄いりんごの『欠片』を寂しくついばむしかないのかもしれない。
ただ、それを何かの代償を以って肥大化させることや、同じものを複製することはなんら難しいことではない。
そう、『彼女』が作り出した、このセカイでは。


不定期更新予定のSS『暗闇のアンチテーゼ』 -始まり-


 「理樹君、クッキー食べるー?」
いつもどおりの気の抜けたコーラみたいな声が耳朶を打つ。目を閉じていても、その声の主は一発で分かるくらいの独特さだ。
「お、こまりんいいもの持ってるじゃないデスか。一枚もーらいっと!」
「もーはるちゃん?そんなにがっつかなくてもいっぱいあるからだいじょーぶ、だよ」
横からクッキーを一枚といわず5枚くらい掠め取った音がしたけど、その犯人すら、視界が真っ暗でも分かる。
そう、何も不自由はしていない。ただ目が見えないというだけで。
そう、永遠に。
「…放っといてよ、僕なんか」
「理樹君…」
「あ、騒ぎすぎちゃった?」
「…」
妙に気を遣われるのも、無駄に気を遣うのも大嫌いだ。僕は、椅子を押し下げるとその場を後にした。目も見えないのに、だ。
気づいた西園さんが手を貸してくれるけど、それを弾き飛ばす。無意味な同情など無用だ。これは、僕が犯した罪に対する、業なのだから。


 そこにとんでもなく憎たらしい神様がいるとして、そいつはとんでもない災厄を僕にもたらしてくれたもんだ。
少なくとも僕はこのセカイでの意識を取り戻したときから既に目が見えなくなっていた。転落するバスと業火から仲間を守るために戦って、そして確かに
そのセカイは救われたはずだったのに。そう、代償とでも言うヤツなんだろう。
だってそうじゃないか。親友達の生命は救われた。僕もナルコレプシーという病魔を退けた。いい事尽くしだ。そこに代償が存在しないわけがない。
これは、僕に課せられたクソの役にも立たない、神様からのクソありがたい贈り物。吐き捨てた唾がドコに落ちるかすら見えない、永遠の闇という。

 何かを得るために同等の代価を必要とする。錬金術における等価交換の原則というヤツが、こんな現代にも存在するなんて思わなかった。
しかも、仲間達の生命と引き換えの、時間と引き換えの等価交換。弱さでは足りなくて、視力を失うことでようやくお釣りが来たような勢いなんだろう。
しかしそのおかげかどうかは分からないけど、僕には特別な力がその日から備わった。
どこかの漫画と同じように、手を胸の前でパンッ、と合わせる。
そのまま、地面にその手を触れる。すると。
痺れるような、電流にも似た感覚が僕を包むと同時に、地面から何かがニョキニョキと生え出してくる。
これは、僕が今頭の中で思い浮かべた、理想的な杖だ。
廊下にも一応は盲人用に凹凸が存在している。それをたどりながら先に進むために杖が要る。どこまでも壁とは限らないから。
永遠の暗闇と言う壁が消えることはないにしても、普通の人間の有視界で考えた場合の所謂『バリアフリー』なんていうものを達成するためには、こういった
道具が必要と言うのも、また愚かしい話だ。まったくもって。
この特別な能力…錬金術というんだろうか。それが備わったのは、病院のベッドで目を覚ました瞬間だった。
目を覚ました、なんてのは僕の体を考えればいささか語弊がある。だって目は開いているけど真っ暗なんだから。
仲間達が口々に起きた!理樹が起きた!と騒ぐ。医者と看護婦もソレを聞いて駆けつける。おめでとう、ありがとう。その声が耳に痛い。
でも、声はするけどそこは暗い。一昔前のバラエティ番組よろしく、拉致されてアイマスクでも付けられてとんでもないミッションをさせられるんじゃなかろうか、なんて
軽く考えていたけど、顔を触れど触れど、アイマスクみたいなものは見つからない。やがて周りもその異変に気づくころ、仲間の一人がこう言った。
『理樹君、憶測でモノを言うが、ひょっとしてキミは…目が見えてないんじゃないか?』
そう、その指摘がなかったら僕はずっと目が見えないのに気付けなかったに違いない。同時に、僕はその苦しみを知らないまま幸せに暮らせたかもしれない。
あまりに辛く、あまりに重い死刑判決。
やがて、それがミッション成功のための代償だと知らされたとき、僕は、誰を責めていいかも分からず、ただ泣くことしか出来なくて。
力に気付いたのも、それと同じタイミングだった。
何気なく手を叩くモーション。手がある、音がする。それだけで目の見えない人間は安心するものだから。
だけど叩いてそれをベッドの上に置いたとき。何か熱く痺れるような感覚が僕を襲い、そして。
「…」
ネコのぬいぐるみが、ベッドから出現していたらしい。
たまたまあの虚構のセカイで出会った白猫、レノンのことを案じていたからだろうか。白いシーツはレノンのぬいぐるみに早変わり。検温に来た看護婦さんが
「可愛いぬいぐるみですね。誰かから貰ったの?」
と聞いたとき、僕はそれが何のことかさっぱり分からなかった。だけどぬいぐるみなんて土産に貰った覚えはないし、お供えにしては少し冗談が過ぎる。
あの痺れる感覚がその原因なのだろうと思っていたけど、結局その力が僕の固有能力になったということを知るのは、退院してからのことだ。


 無事かどうかは分からないけど退院し、やがて普通に登校する日々に戻る僕ら。
恭介や謙吾、真人が杖の代わりになってくれるとはいえ、トイレやお風呂のときまで彼らに頼ることは出来ない。ある程度の生活能力は減衰させてはならないのが、
盲目患者を扱うときのセオリーだとかなんとか。医者の言葉は学園側を動かすのにはちょうどいい材料なのだろう。
しかし、何分盲目の人間を扱うのは彼らも経験豊富と言うわけではなく、そういった部分の整備は常に後手後手に回りがちな現代社会の例に漏れず、やはり僕のための
いや、僕のためでは語弊があるか。僕のような人間を救うための救済策は具体的には練られていなかった。そうした意味で僕は自己防衛を迫られるハメになる。
誰も僕を傷つけようと襲ってくる者がいなかったのが不幸中の幸いだったんだろう。ただし、誰も杖になろうとはしてくれなかった。係わり合いはゴメンだ、感染したら困ると。
目の病気でもないのに感染するわけがない。このあたり、日本の医療と教育水準の低さを叩きつけられた思いだ。
だから、平たく言うと僕は使ってしまったんだ。その術を。
いつかのベッドのように、手を胸の前でパンッ、と鳴らし、そして頭に杖を思い浮かべる。とても頑丈で、簡単には折れない、チタン製の強力な杖。
そしてそれを頭に浮かべたまま地面に手を触れる。そうすると、いつかのように激しい反応が起こり、そして。
手が持ち上げられる。地面から生えてきた、いや生えたというより僕が生やした杖が僕の手を上に上に押し上げていく。
その現場を、大勢の人に見られていた。無論、リトルバスターズの仲間達も含めて、だ。
やがて僕は彼らから勝手にこう呼ばれ始める。

『盲目の錬金術師 直枝 理樹』

 見えない目で己を守る術を知り、たくましいとは言えない手で万物の理に逆らう錬成を行う。
錬金術なんて、漫画の世界で十分だったはずなのに。それを使いこなす立場に、僕は立ってしまったんだ。
きっと、これは咎人の証。仲間を救いたい、そのためだけに弱い自分を心理の扉の前に差し出し、そしてそれでは不十分だと目の光を奪われた僕への。
いつか、光を取り戻す。その時僕はそんなこと全然考えなかった。
目が見えなくてもいい、一人ぼっちでもいい。とりあえず、この奇妙な能力とともに生きてさえいられればそれでいい。確かにそう思ったはずなのに。
彼女が現れてから、僕のセカイは変わったんだ。

『盲目の錬金術師様。あなたが本当に人を救えるか、試してみませんか?』
『…誰?』
声でもピンと来ない人に浴びせられた、まるですべてを舐めていると捉えられてもおかしくない言葉。
その口調は僕をイライラさせたけど、それは別に問題ではない。本当に人を救えるか、とはどういう意味だろう。
答える前に、彼女が言葉を紡いだ。
『見えない瞳を持った貴方を、貴方以上に気に掛けている方もいます。貴方は、そういった方々を含めた貴方自身を、救って差し上げることが出来ますか?』
『そんな偽善なんて出来るとも思わないしゴメンだよ。この力さえあれば、僕は、それでいい』
現にリトルバスターズのメンバーだって、僕がこんな能力を持っていると知った瞬間から、あんなに仲が良かったのに、僕を見捨てたじゃないか。
距離を取る、お情け程度に声をかける、でも杖になってはくれない。
そんな彼らの、ドコを信じろと言うんだろう。願い下げだね。そんな偽善。
そんな僕に、彼女は言うんだ。
『それでは、目が見えるようになるかもしれない、そんな不思議な石の伝説も信じませんか?』
『…?』
願いが叶う石?この女、すごいドラッグでもキメてるんだろうか。
願いを叶えることができるのは、虚構世界を作り出した人間だけであり、これは誰かの作り出したセカイとも仮定できるおぼろげなステージ。
そんなのを覆す石が存在するなんて、考えられないし考えたくもない。
誰かの決めたシナリオの上を走る機関車に過ぎない、僕には出すぎたアイテムだから。
『賢者の石。貴方は既に託されているのです。光を取り戻すために、それを手にするしかない。それを作るための宿命を』
やっぱりドラッグキメてるだけじゃないか。そんな非現実的なものがあるはずがない。あってはいけないんだ。虚構世界では。
いつかのセカイで、変えてはいけない運命を変えようとしてしまい、時間軸が大きく狂ってしまった女の子がいたじゃないか。このセカイの結末を変えることはすなわち。
『僕が僕で、なくなってしまっても?』
『その通りです。それが当たり前だと思える日常、貴方はそこに帰らなければならない人。もうお分かりのはずです』
そうか。この人も薄々気付いているんだ。
このセカイが、誰かによって作られた虚構なんだって。
錬成で作り出した杖を解除し、それを大地の一構造物に戻す。そしてまた手を叩き、次はガラス窓に触れる。
それが穂の先に変わり、やがてガラス製の槍が出来上がる。脆そうだけど、この鋭さはたまらない。
彼女がいると思われる方向にそれを向け、僕は今一度問う。
『誰、君』
『…』
一呼吸置いて、彼女が答えた。
『私は、古式みゆき』
『右目を失い、左の視力すらおぼろげな、ある種貴方と同じ存在です』
『そう…で、目的は?』
聞くまでもなかったか。答えは一つだから。
『願いを叶える賢者の石、とやらを貴方と共に捜し求め、その力を持って、このセカイを無に帰すこと。そして視力を取り戻すこと』
『…それに伴う代償は?』
『…この生命、貴方に捧げます』
『…』


 人は何かの犠牲なくしては何も得ることが出来ない。同等の代価を必要とする。
僕はこの力を身につけるまで知らなかったんだ。セカイがそんなつまらない理に縛られているなんて。
この力を得たとき、自然に頭に流れ込んできた意志。きっと、僕は彼女に呼ばれたに違いない。
同じように目を患い、見ることの出来なくなった、かごの中の小鳥に。
このときから、僕と彼女の孤独な戦いは始まったんだ。
(つづく)


あとがき

 えーと、美魚っちSSが凄まじいくらいの『美魚ビッチ』になっており、こんなの人様に見せたら相坂の人格がものすごーい勢いで疑われそうなので
(既に疑っている方ごめんなさい)
先んじてこっちを公開することにしました。

 世界観はもう言わずもがな『鋼の錬金術師』とほとんど似通っています。ただしこのセカイは例のごとく虚構世界。古式さんが作り出したのか、はたまたここは
『真理の扉』の向こう側のまた違う直枝理樹の世界なのか。それは今のところ誰にも分からない世界です。
ほら、まぁ、SHUFFLE!にも錬金術の概念はあったし、虚構世界であれば、という理屈の通るリトルバスターズ世界にもあっていいんじゃないか、って思ったわけです。
作中で何度も言及していますが、理樹君は視力を失っています。どうやら仲間を救うために賭けた勇気と、弱さを克服する強さ。それだけじゃ足りなかったようです。
そのため理樹君はもう誰も信じなくなり、相当捻くれています。古式さんとの絡みがそれを解き放つカギになってくれれば幸い。

 となると理樹=エド、古式=アルという図式が出来上がりそうなんですが。
個人的にはそういう枠組みは必要ないかな、なんて。エドとアルみたいに肉親というわけでもなければ、あくまで運命共同体、協力者に過ぎないんだから。
そのうち実は助けたと思っていた仲間はホムンクルスでした、実はあの瞬間無我夢中で人体錬成したんです!ってオチにはならないよう気をつけます。相坂でした。

※暗闇のアンチテーゼという題名にしてみたのは、暗闇の正反対に何があるかを物語の中で弁証していくためです。
 暗闇と言う前提の命題を設けるとして、その反対側は果たして光だけなのか、光の先のもっと超越した何かがあるんじゃないか、それを探求していく理樹君の予定。
 続くかも分からないSSなのに、なんて大げさなテーマなんだろ。笑うなら笑っちゃいなさい!w

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