「あ、ちょっと寄り道していいかな?」
ある土曜日の放課後。リトルバスターズの練習はそこそこに、僕と恭介と謙吾は街に買出しに来ていた。
真人はまた来ヶ谷さんと決闘、他の子たちはみんな小毬さんのお菓子コーナーに集まり雑談。
で、僕たちは備品の購入と、久々の幼馴染だけの散歩と称して、昔暴れまわったところを散策。
そんなとき、ふと懐かしい光景が目に飛び込んできて、僕は寄り道をすることを決めた。
行く先は…とても古いお屋敷。
ここは、武家屋敷街。この街もそこそこの歴史はあるらしく、今でも実用可能なくらいしっかり手入れされた武家屋敷が
このあたりには結構ある。実際まだ住んでいる人もいるしね。由緒正しい街の姿。僕は、ここが大好きだ。
しかし僕を追って付いてきた恭介と謙吾は、その屋敷に入ろうとする僕を見るなり、表情を曇らせた。
「恭介?」
「理樹、ここって…」
見逃さなかった。昔からの友達が、何かを恐れるような仕草を見せたこと。
そして、謙吾が何も言わず、僕の手を取って歩き出した。
何なんだろう。ここには来ちゃいけないの?僕は抗おうとしたけど、謙吾の馬鹿力に勝てるわけもなく。
「とりあえず今日はもう戻るぞ、理樹」
「謙吾っ」
「謙吾の言うとおりだ。戻ろうぜ」
「恭介まで…」
みんなして、何を隠しているんだろう。僕は、ふと不安を覚えた。

---あのときのことは、ゆめだったのかな?---


思わず書いたIFシナリオSS『かくして彼女はおばけになった』


 「ほう。武家屋敷街とな」
「うん。でも寄ろうとしたら恭介と謙吾に止められたんだ。何でだろ」
明けて月曜日。謙吾と真人がいつもの戦いを始めたあたりで、僕は来ヶ谷さんと小毬さんで雑談をしていた。
「あの辺には御家断絶などの理由で放置されている屋敷や、崩落の危険のある屋敷、個人の所有物というのが混在しているからな」
「それは分かるけど、あのお屋敷、ちゃんと人が住んでるよ。ううん、ちゃんと住んでた」
「ほう?」
僕は、覚えているんだ。
あの家に住んでいる人のこと。そして、その記憶を。
「昔ね、恭介たちといつもみたいにミッションをしていた時」
その日のミッションは、武家屋敷街で噂になっていた、お化け退治だった。
物理的に殲滅できない敵に果敢に挑もうとする恭介と鈴と真人。僕と謙吾は後ろからやる気なさそうな感じで付いていく。
だけど途中の道で、僕は謙吾ともはぐれてしまった。
武家屋敷街なんてその当時初めて来た場所だったから、当然右も左も分からず、僕は混乱してしまっていた。
やがて、日が暮れ始める頃、僕はただ泣くことしか出来なくて、人気のまったくない細道をトボトボ歩く。
お化けの正体は、今思えばそんな不安感に駆られた人の心から生まれたものなんだろう。今だからそう感じるだけ。
そして、一軒のお屋敷に導かれる。そう、そこだけ灯りがついていたんだ。
ここで道を聞けば、帰れる。そう信じてドアを開けると。
「着物を着た綺麗なお姉さんが出てきて、泣いてる僕をお屋敷に上げてくれたんだ」
そして、泥に汚れた顔や腕を拭ってくれて、おやつまで貰って、そして膝枕で寝かせてもらって。
「気が付いたら、僕は恭介たちに引っ張られてた。さっきの人にお礼言わなきゃ!って言ったのに、恭介たちは…」
思い出した。

『何言ってんだ理樹?誰もいなかったぜ?』
恭介は確かにそう言った。
誰もいないわけがない。僕の頭には確かにその人の膝枕のやわらかさが残っていたから。
でも誰一人として真実を話してくれなかった。
「じゃ、僕が出会ったのは…」
「ふぇぇぇぇっ!?」
小毬さんが怖くて声を上げる。いや、前言撤回。声を上げたのは後ろの(21)のせいだ。
「面白そうな話してるじゃねーか」
「きょ、きょきょきょきょーすけさんー!?」
横から急に冷たい缶ジュースを頬に当てられたら誰でもそうなるか。
「しかし未だに信じてないようだが理樹、お前は誰かと一緒にいなかったんだぜ、あの時」
「でもっ、確かに」
反論しようとした僕を、来ヶ谷さんがさえぎる。
「恭介氏、詳しく聞こうじゃないか」
「あぁいいぜ」
恭介は一呼吸置いて話し始めた。


 「俺たちは謙吾から『理樹がいなくなった!』と聞いてすぐに元来た道を引き返したんだ」
まだそう遠い距離に行けるわけないと恭介は思ったらしい。だけど。
「正直俺たちもワケが分からなかった。何度先に進んでもまた元の道に戻っちまうんだ。延々無限ループさ」
「そんな奇怪なことが起こり得るのかね、恭介氏」
「あぁ、鈴やバカ二人も同じ経験をしている。聞いてみれば裏づけも取れるだろうさ」
あのときの鈴の錯乱っぷりったらどうしようもなかったぜ…遠い目で語る恭介の首が不自然な方向に曲がった。
「何しやがるかマイシスター」
「適当なこと抜かすなボケー!!!」
あれ。鈴が珍しく白パンじゃない。黒のレースだった。
じゃなくて。
「鈴、さっきのことホントなの?」
「…うみゅ。先に進んでも後ろに下がっても、おなじ道に戻る。くちゃくちゃ分からんぞ」
「…」
それで結局僕を探し出すのに時間がかかり、たどり着いたら。
「ちょうど一軒だけ灯りがともっていた屋敷にたどり着いた。その中で理樹は眠っていた。だけど、外から施錠されていたんだ」
「ふむ。確かに理樹君が他所の家に上がりこんで鍵を閉めて寝るようなファッキンな少年期を過ごしていたなら話は別だが、そんな風には見えないしな」
「不可解な話だろ?そもそも」
何とか謙吾の手先の器用さを生かしたピッキングで中に進入したらしい。
だけど鍵の形式は今の金属の棒やプレートを利用した、ピッキングの到底出来ない扉ではなく、昔ながらの押し込み式の引き戸。
「細い鉄の棒一本で施錠してるからな。押し出したら一発で開く。だが人が住んでいるなら今でもそんな古い形式を使っているとは思えない」
「ふむ」
「そして、電球だ」
「電球?」
「あぁ」
話によると、面白半分で真人が外した電球は。
「今のタイプじゃない。少なくとも、戦前のものだ。あの線の形状は」
「謙吾」
決闘は終わったらしい。最後は謙吾が放った黒ひげが、真人のうなぎパイを粉砕して終わったみたいだ。
「人が住んでいる割には明らかに防犯上古すぎる玄関。線の形状が明らかに戦前の電球。そして人の気配のしない屋敷」
「そして、俺たちが経験したあの不思議体験」
「それって…」
「そう。理樹」

「お前はお化けに助けられたんだ!」
「えぇぇっ!?」
唐突過ぎますけど!
すると来ヶ谷さんは何かを思いついたのか立ち上がり。
教室の奥にいる、一人の女子生徒に話しかけた。
「あぁ、上杉女史。少しいいかね」
「……来ヶ谷さん、でしたっけ」
「うむ。来ヶ谷ちゃんだ」
話がかみ合ってない気がするのは僕だけだろうか。
上杉さん。フルネームは覚えてないや。とにかく、1年生のときも同じクラスだったけど、全然目立たない子だ。
いつも教室の隅っこで本を読んでいるのは見ていたし、ちょっとミステリアスな感じがするのは西園さんとキャラが被っている。
ただ唯一違うのは、黒くて長い綺麗な髪と、その容姿にはもったいない、ビン底メガネってところかな。
そのビン底メガネの奥の瞳を見たものはいないという噂の上杉さんに来ヶ谷さんは。
「キミは、交霊術の嗜みがあると聞いたんだが、本当か?」
「………一般常識程度には」
一般常識で交霊術なんかしませんから、ってかしないでよ。
そんな僕の心のツッコミが届くわけもなく。
「ちょうどいい。ちょっと力を貸して欲しいんだ」
「………報酬は?」
「理樹君でどうだ?」
「………乗ります」
「ちょっと!」
何いきなり僕を報酬にしてるのさ!
「世の中ギブアンドテイクだ。まぁ悪くはしないだろう」
「あぁ……直枝くんの………しゃぶりたい…」
「ちょっと待ってよぉぉぉ!」
僕の意見など無視して、上杉さんがパーティに加わった。
作戦決行は今日の放課後。全員集合して武家屋敷街に向かう。それだけ決めると、恭介は教室に帰っていった。窓から。
…てかしゃぶりたいって何をさっ!?


 上杉さんがやけに意味深な視線を送り続ける一日が終わり、そして迎えた放課後。
「直枝くん……報酬、私の部屋で、いいですか?」
「いいわけないからぁ!」
「ふむ、言い訳が出来ないくらい、つまり鈴くんに操を立てなくてもいいくらい大歓迎だぜベイベーと言う意味だな理樹君」
「火に油!?」
話をややこしくしないでよ!
来ヶ谷さんの言葉を借りるのはちょっとアレだけど、ファッキンだよホントに!
鈴は鈴で後ろから露骨に不機嫌そうな視線を送ってくる。で、たまに横を歩く恭介に回し蹴りをする。
…それでもいつもの爽やかな笑顔。首はヘンな方向向いてるけどね。不気味だよ!
「で、恭介よぉ。ホントに現れんのか?」
「さぁな。お化けも暇人じゃなかったら現れないだろうさ」
「だから恭介、あの人は…」
お化けなんかじゃない。
だって、僕が信じてあげなかったら、何かおかしなことになる気がするんだ。
例えば、僕が彼女の存在を信じることで、彼女がお化けじゃないことが証明できれば。
心に咲いた、淡い初恋。その気持ちが、嘘じゃないって、信じられるから。
でもそんな僕の口を塞いだのは、来ヶ谷さんの細くて白い指だ。
「理樹君が何を言いたいか、分からない私や恭介氏ではあるまい。だが、私たちとて最初からお化けだなんだと決め付けているわけじゃないのだよ」
そのために、上杉女史がいる。来ヶ谷さんがそう囁く。
「理樹君、もしもこれで私たちのほうが間違っていたなら、その時は非礼を詫びよう。そしてキミの中の整理も付くんじゃないか?」
「来ヶ谷さん…」
「まぁ、実在するか分からないいけ好かない存在と相対する。実に小気味よい響きではないか。実在した暁にはぜひ友人になりたいものだな」
そう言って、短いスカートを翻し先を行く来ヶ谷さん。あ、イメージと違って紫だった。じゃなくて。
知ってる?紫って欲求不満の色なんだって。でもなくてっ!
来ヶ谷さんから、友人になりたいなんて言葉、聞くと思わなかった。
きっとあの事故が、彼女をさらに一回り大きくしたんだろう。ならば、あの想像を絶する過酷も、乗り越えてよかったな、なんて。
でも紫の下着って、付ける人が付けたら相当破壊力あるよね。じゃなくて!
視線を感じたのか、半分振り返り、ウインク。
頬が、少し熱くなっちゃった。


 そんなやりとりが続いて、回りが冷やかし始める頃、ようやくそこが見えてきた。
「ふむ……稲葉邸か…」
来ヶ谷さんが手にしていたPCバッグから本を取り出す。どうやらこの辺の風土記か何かだろう。
「稲葉家はこの文献によると、この辺を統治していた大名家の家老職を代々輩出した名門らしい」
古びた本には、持ち出し禁止のシールと一緒に、この近辺の武家屋敷や著名人の情報が記されていた。
「じゃあここに住んでいる人がいたってのは間違いないんだね!?」
「…あぁ、住んでいた、というのは間違いないな」
「意味深な言い回しだな、来ヶ谷」
「…」
謙吾の問いに、ワンテンポ置いて来ヶ谷さんは。
「稲葉家はその後嫡男に恵まれず、一人娘が昭和14年に病死し、一族もその後亡くなり断絶している」
「そんな…」
「その後稲葉邸は市が管理していたんだが、戦争中にこの近辺で一番大きかったため米軍機の格好の的になり」
機銃掃射を散々浴びて、そこに避難していた住民が何人か犠牲になっているという。
「だが機銃掃射の跡など、往時を示すものは何一つ残っていないというのも不気味な話だ。そしてここを見てくれ」
文の最後には、こう記してあった。
『昭和24年、米軍機からの機銃掃射などの損害により崩落の危険性があるとして取り壊され、現在では石垣を残すのみである』
「…」
「文献が発行されたのは昭和58年。しかし我々の目の前には明らかに当時の姿の屋敷がある」
「…別段特殊な作りをしているわけでもなければ、回りのお屋敷も立派に重要文化財レベルです。この家を復元する理由がありません」
さっきまで沈黙を守っていた西園さんも口を開く。
「つまり、私たちは今何らかの特殊な空間に迷い込んでいます」
結論。これは。
「俺たちが理樹と鈴を強くするために作り出した世界。覚えているよな」
強い未練を残して死に逝く生命が、最後に願って生まれた世界。それが虚構世界。
「それを作り出しているんだろうな。その昭和14年に亡くなった一人娘か、はたまた機銃掃射で死んだ人間かが」
「うむ。で、どうする恭介氏。あまり深入りすればこの世界に閉じ込められ、元の世界には戻れないかもしれないぞ?」
「そうだなぁ…って理樹!」
答えなんて決まっていた。踏み出す足、前に出る僕。
「理樹やめろ。戻れなくなるぞ!」
「いいよ。僕、分かってたのかもしれない」
知っていたんだ。
あの時、お屋敷には僕とそのお姉さんしかなく、誰かの気配なんて微塵も感じなかった。
こんな大きなお屋敷に女の子が一人で住んでいる。そんなことがありえるわけが無い。心でそう思っていた。
「だから、思ったんだ。この人も一人ぼっちなのかな、って」
「理樹」
「だから、もう一人ぼっちじゃ可哀想だから、僕が、僕が行かなきゃ!」
引き止める人は誰もいない。前に進む足、開く扉。
「ただいま」
「…」
古臭いニオイ。誰かの気配。
「……直枝くん」
「上杉さん」
彼女が、いつものビン底メガネを外して。
柔らかい笑顔の、瞳を僕に見せてくれた。
「一人は、さびしいです」
「うん」
「私もこんな姿と性格だから、昔から一人ぼっち。お父さんもお母さんも仕事だけの人。友達は、ペットのハムスターだけでした」
「うん」
握られる手。しっとりとしていて、暖かい。
「ハムスターが死んでからは、また一人ぼっちでした。私は、そんな実家がイヤで、この学園に入って、直枝くんたちと出会いました」
「だから、生命を救ってくれたお礼を、今こそさせてください。戻れなくなってもいい。もともと捨てた生命だから」
言って、彼女は指を切り、その血で床に何かを書き始める。慌てて止めようとするが、それは制される。
「恭介っ」
「アイツなりに、恩返しをしたいんだろ?ならさせてやればいい。振り上げた拳を簡単に下ろさせるような鬼畜をするなよ」
「でもっ」
「大丈夫だろ。何かあったらオレの筋肉さんで傷口を塞いでやるぜ!」
「ふん、筋肉で怪我が治るわけがないだろう」
「んだとテメェ!」
「落ち着いてっ!」
…仲間がいるんだ。今は。
それも、こんなにたくさん。帰れなくなるかもしれないのに、付き合ってくれる仲間が。
「理樹。あたしだって一緒にいるぞ」
「鈴」
耳元で、聞こえないように囁かれる言葉。
「もし帰れなくなっても、あたしとずっと一緒だ。こっちでたくさんえちぃことをしてもいい」
「鈴っ!」
会話の内容は恭介と来ヶ谷さんが察したのだろう。やけにニヤニヤしている。
仕切りなおすように、恭介がみんなに伝える。
「いいか。これはリトルバスターズ最大のミッションになる。未練がある奴、まだ死にたくない奴は帰って俺たちの帰還を待っていてくれ」
「だが少しでも上杉の助けになりたい、理樹の夢をかなえてやりたいと思う心があるなら、後悔を捨て、付いてきてくれ」
誰一人、そこを去ろうとするものはいない。
強制されているわけじゃない。みんな、恭介を見据えている。
「恭介くん、きっと誰も帰らないデスヨ」
「わふっ」
「うん〜。そりゃぁ、ポッキーの新作とか、トッポの期間限定とか気になるけど、それは帰ってからのお楽しみなのです」
「……ここで帰ってしまっては、冬コミの新刊のネタに苦慮することになります。面白そうなので付き合いましょう」
「うむ。私もこんな超常現象に遭遇できるなんてそうそうある経験ではないしな。理樹君が後で何か埋め合わせをしてくれるだろう。だから付き合う」
そして最後に。
「うみゅ。理樹、あたしが付いているから、もう安心だぞ」
「鈴」
もう一度強く握る手。
そして、直後、何かの陣が完成する。
「出来た…っ」
指先から流した血はどれくらいだろう。彼女がこっちを見て、ふと微笑んだ後、意識を失った。
「上杉さん!」
駆け寄ろうとする。だけど。
むくっ。上杉さんの体が起き上がる。
「…」
「上杉さん…?」
「……70年ぶりくらいですね、生身の体、温かい体」
「!」
微笑む上杉さん、いや、上杉さんだった別人。
「へぇ、今では洋服が当たり前なんですね。でもこの洋服、スカートが短くて少し恥じらいますね」
「誰なんだよ、君」
「?」
首を傾げる上杉さんの体を乗っ取った何かに、僕は声を荒げる。
「誰なんだよっ!上杉さんを返せ!」
「……あぁ、この体の宿主さんですね。大丈夫ですよ。少し眠ってもらってます。いつまでかは分かりませんけど」
「貴様ぁ!」
謙吾が竹刀を抜き襲い掛かる。だが。
「ぐっ!」
「謙吾!」
彼女は掌で竹刀を受け止めるとそれを軽くいなし、そして謙吾のお腹に拳を叩き込む。
謙吾はその力で弾き飛ばされ、壁に頭をぶつける。
「丸腰の乙女に抜刀して襲い掛かるとは何事です。恥を知りなさい。そしてあっけなく倒されることに恥辱を覚えないのですか?」
「何をっ!」
ダメだ謙吾、すっかり頭に血が上ってしまっている。
そんな彼を手で制する恭介。
「あら。次は貴方が来るのですか?構いませんが感心しませんね」
「あぁ、感心される必要はないぜ。俺は戦うために前に出たんじゃない。まず着替えて来いよ。恥ずかしいってくらいなら、動きづらいだろ?」
「…お心遣い感謝いたします。あなたを勘違いしていたみたいです。そこの白髪の少年と違い、貴方は紳士のようですね。それでは」
立ち上がり恭介に向かって軽く会釈すると、彼女は奥の部屋に姿を消した。
「白髪…」
「あぁ、謙吾がっ!」
そりゃ白髪呼ばわりされたらへこむよね、誰だって。


 そして、件の部屋の重厚な襖が開き。
「あ…っ!」
「お待たせいたしました」
奥から姿を現したのは。
「あのときの…お姉さん…」
美しく、儚げな容姿のお姉さん。
幼かった僕を保護してくれた、たった一度の出会いだったけど、僕が初めて好きになった、綺麗な人。
「…あら…あの時の男の子…あぁ、そうですか…」
微笑み。
「70年も経てば人は大きくなるのですね」
「いやいやいや経ってない経ってない」
その場にいた人すべてが一斉に首を横に振り否定。
彼女もすぐに冗談ですよ、と笑顔で訂正。あぁ、なんかやりづらいんだよなぁ、こういうタイプ。
「ちょっとした茶目っ気ですわ。それにしてもあの時泣いていた男の子が、こんなに大きくなって帰ってきてくれるなんて…夢のようです」
頬に添えられる手。あぁそうだ。この感触も。
「あの日と…同じ匂いだ…」
「えぇ…わたくしも、同じ気持ちですわ。なんというか、母になった気持ちです。幼き日に別れた我が子が、帰ってきたみたい」
お姉さんは、とても温かくていい匂いがした。それは、どこかに置き忘れてきた、僕の何かを補完するピースのように。
突然、僕の心の中に入り込んでくる。
「ッ!?」
「理樹!」
恭介の声が絶叫に変わったとたん、僕の耳は聞こえなくなった。
外野では、恭介たちとお姉さんが何か言い合っているけど、僕は耳が聞こえない。そして。
脳に直接入り込んでくる何か。さっきのやわらかさがとても不愉快に感じる、何か。


【恭介VIEW】

 理樹の様子がおかしくなったのを、俺たちは見逃さなかった。
突然頭を抱え、いやだいやだと首を横に振る理樹。そう、あのお化け女が手を触れたその瞬間からだ。
「テメェ!理樹に何をしやがった!」
真人が前に出る。いつになく鋭い眼光。それは、目の前の幼馴染が苦しんでいるのをその更に先の女が原因だと断定した目つきだった。
「はて。何のことでしょうか」
「とぼけんじゃねぇッ!」
かつて、校舎の壁や郵便ポスト、破壊できなかったものはない凶悪にして強靭な腕が振り下ろされる。
そこにいる誰もが真人を止める暇もなく、いち早く気づいた小毬の悲鳴が上がる。
しかし、悲鳴はそのお化け女がミンチになったからではなかった。
真人の腕が、裂けていた。
「ぐあぁぁぁぁァァァァァ!」
一際甲高い、断末魔に近い絶叫。お化け女は知っていたんだ。そこが、件の事故で真人が痛めた箇所だということを。
「腕っ!オレの、オレの腕がぁっ!」
「安心しろ真人!傷はそう深くない!西園、止血を!」
「…はい」
断じて軽傷ではなかった。あの筋肉の鎧がまるで紙を引き裂くかのように裂け、骨のようなものまで見えているのに、誰が軽傷だろうか。
だが重傷と言えばヤツは無意識に傷を見るだろう。事故現場で腕が吹き飛んだヤツに腕がないと無意識に言ってしまって、ショック死させる事例だってあるんだ。
「大丈夫だ真人。助かるぞ。西園は俺たちの最高のマネージャーだからな。ほら、お前らも声をかけてやってくれ」
みんなに促す。みんなも俺の目を見て、言いたいことは分かってくれたらしい。
まず、来ヶ谷が口を開く。
「そうだぞ真人少年。キミは少なくともこの中では私から数えて10番目くらいに強い。だがメンタルは1番をくれてやっても構わん。いなくなったらつまらないぞ」
「へっ…ほとんど最下層じゃねぇか。ありがとよ」
「真人、貴様ほどの筋肉だるまが簡単にくたばるな。なぁに、見た限り軽傷だ。気合があれば2分で治る。何より俺以外の人間に、敗北することは許さん。まして人外などにはな」
謙吾の皮肉交じりの言葉だって、今の真人には糧になる。白い歯を見せて笑う真人。
「わぁってら、謙吾の先生様よぉ。オレも回復したら真っ先にテメェをぶっ潰してやるぜ!」
だが、あの真人にも限界がある。西園が首を横に振る。瞳が語っていた。ダメです、血が止まりません、と。
「真人!筋肉に気合を入れろ!お前の筋肉さんの仇は俺がとってやる!」
俺にもそれを言うのが、精一杯だった。
 さて、真人の腕を一本死なせたその『人外』は、理樹に対する精神攻撃を強めながら、俺たちに微笑みかける。
「人外とは多少言が過ぎませんか?確かに今は死んで肉体もないけれど、新しく手に入れたこの肉体でやっと好きに動き回れるのですから」
やはり体が目当てだったか!いや、性的な意味はないぞ?
「ほう。つまり最初からキミは生身の肉体を狙っていた、と?」
来ヶ谷の問いに、お化けは。
「そのようなところです。ただ借体形成は、誰でも出来るというわけではありません。100年に一度くらいの確率の固体を待たなければ」
「フン…我々はキミの都合で100年に一度生まれることは出来ないのだよ、人外」
挑発。だが誘いには乗らないようだ。
「あなたがご自分に自信がおありなのは、様子を見ていれば分かること。それにこの中では一番強いでしょう?手を出さぬが得策。触らぬ神に祟りなしですわ」
イヤ待て。屁理屈という名のカウンターアタックが許されるなら俺が最強だぞ、間違いなく。
だが相手はあの来ヶ谷だ。意に介してくれるわけがない。
「いい判断だが、それでは何も終わりはしないぞ?私がキミを斬り伏せて、すべて終わりというわけだ」
「あらあら物騒。でも考えてみてくださいませんか?」
来ヶ谷が床の間に置いてあった刀を抜くしぐさを見せるが、すぐにその手が止まる。
「上杉さんという少女の肉体と精神、そして、あの日の可愛い男の子。あぁ、直枝理樹様とおっしゃるのね。彼の精神はわたくしの手の中にあるのがお分かりではなくて?」
「…」
言い換えれば人質。
その人質がいる限り、いくらリトルバスターズ中最高クラスのバトルセンスを持った来ヶ谷でも、手も足も出せないということだ。
「人外風情が、下賎なマネを」
「その人外という言葉もいい加減聞き捨てなりませんわ。そうですね、そろそろ第1段階を始めましょうか」
彼の、心の鍵を完全に開けて、わたくしのものとするために。
あまりに不気味で不吉なことを言い出す人外。そして、ヤツは少し頭をめぐらせるしぐさをして言った。
「あらあら。この上杉さんという少女は、理樹様に抱かれたい、あわよくば孕ませられたいと願っているみたいね。若いのに不躾なこと」
「でも、わたくしが生きた時代は、わたくしと同い年の少女は、良家の殿方に嫁いで、良き跡取りを産むことが勤めでしたし、悪くはないのでしょう」
とんでもなく嫌な予感がする。この人外…。
「心、開いて下さいましね」
直後、理樹が抱える頭が更に震え、そのしぐさは、逃げようとしているようにすら見えた。
【続く】


あとがき。

 このお化けが何をたくらんでいるかは分かりません。
ただ、名家のご令嬢だったのに、病弱なために亡くなってしまった怨念が残っていて、何かをしようとしている。
そのお化けの苗字は稲葉、もし因幡だったらみんな「てゐ!」って言うでしょ。間違いなく。

さて、支離滅裂ですがあとがきで詳しくお話しちゃうと。
時期的には理樹がリトルバスターズに加入してからしばらくのこと。その頃から虚構世界は存在していた。
ではこれまでなぜこの虚構世界に入れなかったのか。

1.理樹がドーテーじゃなくなったから(爆
⇒もっともこれはハズレではなく、何も知らない無垢な子供だったから入れた世界も、穢れちまった大人じゃダメってことよ。
 営利に塗れた某ネズミ王国なら誰でも入れるけど、夢の中で本当のネズミ王国に行けないのと同じ理屈。あら、お客さんかしら。はーい。

2.恭介たちが意図的に行かないようにしていた。
⇒ナルコレプシー持ち(このお話の時にはすでに克服済み)の理樹が倒れても困るし、以前誰もいない稲葉邸にいたことから、もしも
 何かがあっても困ると意図的に行かないようにしていたのかも。

3.その他の要因。
⇒中学時代には行くチャンスがなく、学園に入学しても行くチャンスがなく、2年生になったある日虚構世界に迷い込んでしまい本来の時間軸だった、
 「お化けが作った虚構世界」が恭介たちの作った虚構世界に上書きされてしまった。その世界が崩れた後、もともとの時間軸に彼女の虚構世界が帰ってきた。

そうした世界が作られた中で、お化けの理樹に対する攻撃?が始まります。
ある程度構想は練っているので、気が向いても向かなくてもうpするねー。まぁ反響次第で。相坂でした。

最後に。
武家屋敷はとある市が管理している武家屋敷を参考にさせていただきました。○○市観光課の方々、ありがとうございました。

【次へ】

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