『こちら、リトル・レイダース、配置完了、オーバー』
最後に、ナハトさん指揮のリトル・レイダース-小さな強奪者たち、前線の勢力図をすべて塗り替える強奪者-が配置を完了し、
そこでパラパラと大粒の雨が落ちてきた。木々がある程度遮ってくれるとは言え、雨は雨。冷たく、すぐに装具や服が重くなる。
「風邪を引いたら恭介氏の責任だな」
「その前に向こうも同じ状況だよ」
森の向こうを顎で示す。来ヶ谷さんがニヤリと笑う。
「何?」
「いや、理樹君も兵士らしくなったな、と思ってな」
「そう?」
そんな軽口を叩きながら、双眼鏡に雨よけカバーを被せ、見えなくなるのを防ぐ来ヶ谷さん。
肝心なときに雨粒で邪魔をされないようにとの配慮だ。謙吾も迫撃砲の砲弾を濡らさないようにアーモボックスを閉じる。
…そう言えばこの迫撃砲の発射機構や内容も聞いてなかった。あとでそれとなく確認しよっと。
相変わらず雨は酷く、向こうも動く気配はない。相坂さんが胸の谷間から飴を取り出す、え、谷間?
「舐める?」
「エロいな、相坂女史」
「雨だけに飴という茶目っ気よ。次の瞬間にはムチが来るけど」
わざと西園さんを拗ねさせたいのだろうか、それとも面白半分の愉快犯なのか。それは察することは出来ないけど。
「相坂さん」
「ん」
「…いつも、その、ありがとうございます…」
「…気にすることはないわよ。悪いと思うんだったら今できることをやって、理姫ちゃんに笑顔でただいまを言いなさい」
「…はい」
相坂さんも双眼鏡を覗く。でも相手が動くわけでもなく。
『前線各部隊、状況を報告しろ』
恭介からの無線だ。来ヶ谷さんが応答する。
「こちらリトル・アヴェンジャーズ、状況変わらず。繰り返す状況変わらず。オーバー」
間髪いれずにmさんが返事をする。
『こちらリトル・レイダース、同じく状況変わらず。繰り返します、同じく状況変わらず。オーバーですw』
最後にクスッと笑うのは仕様のようだ。
『こちらリトル・ヘッジホッグス!退屈だよー。オーバー!』
スイさんは相変わらずの天真爛漫っぷり。早く撃ちたくてウズウズしているようだ。
『各部隊状況掌握した。引き続き警戒せよ、通信終わり』
機関銃が見据える先は、あやちゃんがいると思われる森。
銃口が火を噴けば、きっと彼女に怪我をさせてしまう。どうにかして、助ける方法はないだろうか。
幼い発想かもしれないけど、これだけは譲れない。すべては、ごめんねと謝れる勇気のために。
雨が更に勢いを増す。ピットは泥水が少しずつ入り込み、ドロドロで気持ち悪い。でも出れば餌食になるかもしれない。
バカみたいな話だ。本当の戦争でもないのに。
でも、その本当の戦争を味わっている気分。これが、このキャンプの真実の醍醐味なんだ。
それとなく銃を構え、照門のダイヤルを回し、距離を測る。撃つときは、せめて顔は外してあげよう。そんな風に願いながら。


 「で、恭介さんはどう思います?」
「いや、情報が少なすぎる。ただ一つ言えるのは」
「言えるのは?」
俺は言葉を整理しながら、ユリアと寮長に話す。
「戦力はそこまで多くはないはずだ。せいぜいこちらと同じ1個分隊弱程度か、もっと少ないはず」
「その根拠は?」
そう来るだろうと思って答えを用意していた。
「まず一つ目、敵の使用火器だ。謙吾からの情報によると、敵はその段階でたった3人、武器もボルトアクションライフル。一人は武器すら持っていなかったそうだ」
「それが兵力の過小評価に繋がる理由を教えて欲しいんです」
「簡単さ。連射の出来る武器の前にボルトアクションでは不十分。更に武器を何一つ持っていない兵士がいるあたり、結局のところ補給もままならない弱小というのは目に見えている」
「…」
もともと連中の戦力に期待してはいない。
だが、木にくっきりと残った弾の跡。アレは8mmBB弾をかなり強力なスピードで撃ち出したモノに違いない。
「集中火力のお仕置きが必要だ。そしてあわよくば鹵獲して使いたい」
「では、敵をあくまで追い詰める方針で?」
答えは。
「無論、イエスだ」
駒を進める。
「理樹、来ヶ谷を連れて坂の少し下に陣取れ。敵の様子を更に深く伺うんだ」
『了解』
理樹からの無線返答。来ヶ谷を連れて動き出したようだ。
「連中が理樹たちの姿を発見して撃って来るか、表に出た瞬間が狙い目だ。くれぐれも理樹たちを撃つなよ!」
前線に無線を飛ばす。了解の返事が戻ってくる。やるときは、みんな一緒だ。


 トレンチガンを背中に回し、狙撃ライフルに持ち替えた来ヶ谷さんを伴い、前線に向かう。僕も武器を謙吾のブローニング自動小銃と替えてもらい、自然に出来た窪みに二人で身を隠す。
「出てくるかな」
「あぁ、動くものが見えたよ」
狙撃銃のスコープの先に、何か獲物を捉えたらしい。お互いに今は射程外。ただ、向こうもただ黙って待っているわけには行かないらしい。
「動きは活発?」
「そうだな。真人少年が見たという金髪の少女が動いた。倍率を少し上げるか」
そういって海兵隊で使っているユナートルスコープ4×40(ジャクソン二等兵も使ったスコープ)に換装する。それを横目で見守りながら、前方を見続ける僕。
「ここがイカれた先住民との最前線なら、さしずめ私はダニエル・ブーンだな」
伝説的なハンターの名前を口にしながら、銃のスタンバイを終える。そして。
「見えたぞ。ゴミ虫め。忌々しいその金髪ツインテールを真っ二つに裂いて貴様の一生を終わらせてやろうか、このインディアンめ」
言いたい放題。エアガンではそんなこと出来ないと思うけど、その言葉のとげとげしさに震え上がったのは、きっと雨のせいではないはず。
「敵は重火器を持っていない。そしてその奥に見えるのは…ほう、縮こまってるのは杉並女史だな。そしてその手前に…古式女史もいるとは」
「古式さんに杉並さん?」
「あぁ。すっかり存在を忘れられていたMOBシスターズだ」
「…」
これまた言いたい放題。ボルトを引いて、初弾を装填する。
「どうせ忘れ去られている存在だ。脳天をブチ抜いて一生を終わらせても誰も気にしまい?」
「…」
銃を握ると人が変わったように罵詈雑言と相手を見下し、貶める発言を繰り返す来ヶ谷さん。ひょっとして僕達が知っている来ヶ谷さんはニセモノで、本当の来ヶ谷さんは
こっちなんだろうか、と不安になるような言葉遣いだ。ニヒルに、シニカルに微笑み、呟く。
「大丈夫だ。キミを殺そうとするアホな先住民を、銀の銃弾は逃がしはしない」
構える先、動きがあった。


 『こちらリトル・アヴェンジャーズ!敵に動きあり!繰り返す敵に動きあり!』
理樹からの無線。待ちに待った『真実の瞬間』ってヤツだ。内容を聞き出す。
「攻撃が始まったか?」
『ううん、退却するみたい!』
退却。ここに来てなんと拍子抜けな話だろうか。
「敵はこちらが多勢なのに気づいたのかも知れん。ヘッジホッグス!」
『あいよー。景気良く3発叩き込んじゃうねー』
退屈していたヘッジホッグスがやっとの出番に勢いを取り戻す。
『距離ー250。仰角ー4、装薬3ー。てーっ!』
正確に位置を測るスイの声と、キュルキュルと角度を調整するハンドルの音、そして発射音。
撃ち出すために少量の火薬を使っているのか、何かが破裂するような爆発音がして、そして。
『弾着確認、続いて2射目、てーっ!』
ドンッ!いやこれきっと少量じゃないぞ。
『3射目、てーっ!』
ドンッ!もう耳がこなれて来た。
間の抜けたスイの声が止む頃、理樹から無線の通信が入る。
『恭介なにあれ!紅い煙が3箇所上がってるよ!』
「…あぁ、もうすぐ分かるさ」
ニヤリ。俺とユリアと寮長がほくそ笑む。そう、その正体は。


 煙が辛かったのか、退却するように見えた敵が出てくる。たまらず川に飛び込もうとした彼女らに対し、機関銃が2箇所から十字射撃で火を噴く。
ダダダダダダダダダッ!規則正しく、景気良く。野戦仕様のOD色BB弾は川の浅瀬に入ろうとした彼女らを捉え、そのカラダにアザが出来るのではないかと心配になるくらい、
大量の命中弾を与えた。痛いのだろう、退却する彼女らに、更に謙吾の迫撃砲が飛んでいく。
ポンッ!間抜けな音から始まったその発射は、たちまち対岸の彼女らのすぐ側に着弾。同じように紅い煙が上がる。
ただ違うのは、煙たくて咳をするなら分かるのだけど、着弾点のそばにいた杉並さんの友達…確か勝沢さん。彼女がのた打ち回る様子から、それがただの弾薬でないことを悟る。
破片でも浴びたのだろうか。でも血は出ていない。その代わり痛みにのた打ち回る。そこに容赦のない機関銃射撃。何をしているのだろう、これじゃ弱いものイジメだ。
「ねぇみんなもうやめよう!?敵は撤退したんだ!あの子を捕虜にすればそれで済むじゃないか!」
無線で撃ち方やめを告げるが、誰も射撃の手を休めない。
「みんな言うこと聞いてよ!命令なんだよ!?」
それも通じず、ついに戻ってきたあやちゃんが彼女の服の裾を引っ掴み、引き摺って森の中に消えるまで、無慈悲な一斉掃射は続いた。
『撃ち方やめ!弾薬を再装填し第2波に備えよ!繰り返す、弾薬を装填し、第2波に備えよ!』
恭介の静かな無線に、周辺が冷静を取り戻す。
「みんな、怪我はない?頭や足を失くしたヤツはいないでしょうね?」
相坂さんが各自のピットや土嚢をめぐりながら確認する。みんな「問題なし」の返事しかないので、無事ではあるんだろう。でも。
「みんなおかしいよ!あの子、勝沢さん、絶対怪我してるよ!」
そう。勝沢さんはあの状況だから怪我している。それものた打ち回るくらいの重傷。これじゃ僕らただの犯罪者じゃないか。
「だから何だというんだ?」
「来ヶ谷さん…っ!」
相変わらず、人が変わったようにニヒルな笑みしか見せない来ヶ谷さんは、僕を見据えて言う。
「ひとたびこちらに牙を剥けば、それは何の意味もなさないということを骨の髄に分からせる必要がある。躾とはそういうものだ」
「なんでっ」
反撃の暇も与えない。続ける。
「人が余暇を楽しんでいる土地に土足で入り込み、狼藉を働くほうが犯罪だ。バカにつける薬はこれしかないのだよ、甘ったれ坊や」
「っ」
狙撃銃片手に、坂道を登る。
「制圧は成功。しばらく連中は川には近寄るまい。相坂女史」
「えぇ、勿論よ。みんな、移動して対岸に防御陣地を構えるわよ」
指揮官なんて、所詮は肩書きに過ぎないんだ。すべてはこの人たちで回っている。なんて皮肉で、滑稽なんだろう。
気づけば僕は、銃を来ヶ谷さんに向けていた。
「…何のつもりだ?」
「撤退するよ。これ以上追い詰めたって何の役にも立たない。きっとあっちもこれに懲りて、絶対戦いを挑まない!だから!」
「…」
謙吾が腰から拳銃を抜く。来ヶ谷さんもショットガンに持ち替える。相坂さんもリボルバーを取り出す。
「転進よ。敵がここから出て行くまでが戦い。いらない気を回す前に、自分の仕事をしなさい」
「イヤだっ!」
「だったら貴様をこの場で潰す。それでいいだろう?」
「イヤだっ!僕は指揮官なんだ!僕を追い詰めればただの反逆者なんだ!」
「ガキね。だからこんなのと遊ぶのはイヤなのよ」
相坂さんが噛んでいたガムを吐き捨てて言う。
「遊びでも気を抜かない。せっかくの休暇を潰されてこんな遊戯に付き合わされているんだもの。徹底的にノしてやるまで帰る気はないわ」
「…」
そもそも、こいつらが妙な発想をするから悪いんだ!
そもそも、恭介たちがみんなおかしくて、ぼくはせいじょうなんだ!
怒りが僕のかせを外す。飛び掛り、止めようとする。
しかし。
「しばらく寝てなさい。ごめん、直枝」
っ。
そうだ、僕はこいつの存在を忘れていた…二木…佳奈多…。
ヘルメットが僕のソレにぶつけられ、頭がシェイクされ、脳震盪を起こす。そして、そのまま僕は意識を失った。


 次に僕が目を覚ました先は。
「理樹、良く戻ったな」
「…恭介っ!」
反射的に掴みかかろうとするが、体が動かない。
…後ろ手に手錠、見た限り足には2重のタイラップ。
「悪く思わないでくれ。敵対する勢力がいる以上徹底的に追い詰め、攻撃が無益なものであることを理解させる。それが戦争なんだ」
「戦争だなんて!こんな遊びで戦争なんて言わないでよ!」
僕の声は司令部テントに響く。でも誰もそれを聞かない。
「リトル・アヴェンジャーズ、状況はどうだ?」
『うむ。橋頭堡は確保した。現在土嚢を積み上げる作業も完了し、防御陣地を構築した。重機関銃を1挺と、迫撃砲を2門、弾薬も十分ある』
無線通信を切り、だそうだ。と僕を見ながら恭介が言う。
「恭介!もうやめてよ!これ以上彼女達を傷つけないでよ!」
「…」
見下ろす恭介の目が、鋭くなる。
「理樹、お前、連中のことを知ってるんだな?」
「違うっ、僕は!」
とっさに言い返したつもりが、言葉は続かない。
目の前にカミラスのナイフが3本、突き刺さる。投げたのは、ユリアさんだ。
「知っている真実だけを話して欲しいの、理樹君。これ以上妙なことを言って集団行動を乱すなら、その可愛い顔、傷つけてしまうかもしれません」
「うるさいっ!みんな嫌いだ!誰が話すものか!」
「…そう」
ユリアさんの顔色が変わる。そして。
大股で僕に歩み寄ると、そのまま。
僕の広がった右手の指の間に、ナイフを突き立てる。指が吹き飛んだんじゃないかと恐怖を覚える衝撃。そして。
「直枝軍曹。あなたを敵のスパイとみなします。残念よ、理樹君…」
声にならない声と絶望。無線からは、前哨陣地完成の連絡と、雨露をしのぐモノが欲しいと言う要請が入ってくるだけだった。


あとがき。

第4話、理樹君は敵のスパイという認定を受けてお話が終わりました。これから理樹君はしばらく軟禁状態に置かれるので出番が無くなります。
あやちゃんチームを追い詰めた紅い煙の正体。分かった方はこっそり拍手か何かで教えてね。

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