『〜〜〜♪』
テレビから軽快な音楽が流れる。昔のアニメか何かの音楽のはずだけど、名前は覚えてない。
ちょうど、両親が亡くなったころのアニメだからだろう。進んで見ることがなかったし。
でも殆どの人はその曲がアニメソングだって気付かないんだろう。最近のCMって良く作りこまれてるなぁ。
「〜♪」
理姫も聞き覚えはあるみたいで、ベッドの上でテレビとは反対の方向で足をバタつかせながらインターネットをしている。
僕はというと、テレビの前の丸テーブルの椅子に腰掛け、食後の番茶をすすりながらテレビに注目する。
…正直言うと、理姫と目を合わせずらいのだ。
…別に期待しているようなことはしてないからねっ!?
…短いスカート穿いてるのに、よくもまぁ足をバタバタさせられるなぁ。淑女らしさを感じないや。
「理姫〜。お行儀悪いよ〜」
「いいの〜」
「よくないと思うよ…」
注意するだけ墓穴堀りそうだし、とりあえずテレビに向き直る。
ニュースでは、また人が殺されたとか、遺体で発見されたとか、物騒な事件ばかりが報道されていた。
いい加減もう人の死には慣れっこだ。慣れてしまったというと亡くなった方に申し訳ないかもしれない。
同時に、遺される方にも申し訳ないかもしれない。僕だって遺される苦しみを知っているんだから。
だけど、それくらい人の非業の死が多すぎて、麻痺してるんだ。感覚が。
「…」
いつも思う。なんでこんなに傷つけることが当たり前の社会になってしまったんだろう、って。
僕はまだ子どもだし、世界の半分すら見えていない、甘い理想論者でしかない。
だけど、まだ頭が柔軟だから言える。
コンビニは、いいものだって。え、あれ?違う?
すると、さっきまで沈黙を保っていた理姫が突然『あ〜〜〜っ!』と耳を劈くような悲鳴を上げた。
「ひっ!」
驚いて危うくお茶をこぼしかかり、湯飲みを手の中で何回か弄んで落ち着く。
「ふぅ。で、理姫?」
「…」
「理姫?」
理姫、ぱんつ見せたまま沈黙しないの。その間が凄い痛いから。
「…お兄ちゃん」
ギギギ、と音が出そうなくらいぎこちなく、僕の方向に首を向ける。
「?」
次の瞬間、ベッドから身体を屈伸させて飛び出し、僕の隣にすっげぇニコニコ笑顔で座る。
「お兄ちゃんっ♪」
「な、なに?」
顔が近い。
「ねーねーお兄ちゃん、今度の日曜日暇だよね?お兄ちゃんのことだから暇だよね?」
なんかサラリと傷つく発言だ。
「暇だよね?暇って一言言えば許してあげるっ♪」
「いやいやいや許される理由が分からないから」
て言うより、何を許すのか分かりません。
「ん…そう言えば日曜日は来ヶ谷さん主催の英国式お茶会が」
「暇だよね〜〜〜〜?♪」
理姫さん、笑顔が怖いです。必死すぎて怖いです。
「なんでそんなに暇かどうか気にするのさっ」
まずはそこから説明してもらわないと納得が出来ない。
すると理姫も急にしおらしくなり、真っ赤なパソコン@Fuj○t×uのノートPCを僕の前に持ってきた。
「ここ」
「ん?」
見てみると、そこには。

『ついに、あの女優がお台場生イベントに出演!』

…誰だろうな。クリックしてみる。

『現在月曜午後9時から絶賛放送中のドラマ『メイプルラヴ』でヒロインの高柳秋穂を演じている人気女優、宮小路瑞穂が
まさかのお台場イベントに緊急参加決定!!!当日は13時から1000人限定のミニトークショー開催予定』




 …あぁ、宮小路瑞穂ね。
目の前の理姫の双眸がキラキラ輝いている。
これはもう、連れて行ってじゃなくて、むしろ連れて行けっていう目線だ。
目をそらしたら…。
「ねぇ、お兄ちゃん?」
「え?」
「食べた後しばらくして、無性にお手洗いに行きたくなるようなご飯って、食べたくないよね?」
…妹様は、うんと言わない限り、食事に下剤を盛る気マンマンのようです。
「わ、分かったよ…連れてく」
「やったぁ♪」
お兄ちゃん大好き!と本気で喜んでくれている。
まぁ、兄ってこんなとき妹を引っ張ってやるのが仕事みたいなもんだし、役得と思って来ヶ谷さんのお茶会は我慢しよう。
「で、理姫さん?」
「ん?」
「何でスカートに手を突っ込んでぱんつを脱いでるんですか?」
「〜♪」
お礼にぱんつでお兄ちゃんのキャノン砲をくるんで、お礼コキコキをしようと思ったんだよ。
笑顔でのたまう妹様の頭にちょっと強めのチョップを叩き込んでおきました。
そんな痴女っぷりじゃ、瑞穂さんに嫌われるよ。って何言ってるんだか僕。


 決行当日の朝。
「理姫〜。そろそろ行くよ〜」
僕は早々に準備を終わらせたが、理姫がまだだ。
別に寝坊したわけじゃないが、さっき聖應から転入してくる際の荷物の箱をひっくり返してたみたい。
…大体予想はつくけどね。
「ごめんね〜っ。おまたせ〜」
「…」
そこには、当然のように聖應の制服(冬服。黒)を身に纏った、普段とはなんかイメージが違う理姫がいた。
普段の制服がミニスカートだけに、ロングのワンピースの理姫は、ちょっとだけ普段と違う感じがした。
「…♪」
思わず見とれていたため、理姫がにっこり。
「脱がせるの大変だと思うけど、お兄ちゃん」
「いやいやいや脱がせないから」
「?なんで?」
何でって言われても…。
妹は、今日も思春期でした。それも凄い勢いで。

 途中の電車に乗るときも、理姫は周りの注目を一手に集めていた。
兄として、誇らしいけどなんか複雑な感じだ。
『僕の妹をエロい目で見るな!』という感じなんだろうか。それとも…。
「〜♪」
本当にご機嫌な妹。そんな妹が僕の腕に自分の腕を絡めている。
「…」
こんな日も、たまにはアリかな?
周囲の目が多少痛いけど。

 電車を乗り継いで、到着したお台場。
イベント開始の時間までまだ30分。だというのに。
「ほわ〜っ…」
「凄いね…」
黒山の人だかりってこんなことを言うんだろう。
なんかもう、お腹いっぱい。帰りたいです。
「お兄ちゃん、今、帰ろうとか思ったでしょ」
見破られてましたか。残念。
「帰るならわたしを置いていってね。わたしがどうなってもいいなら」
「理姫…」
うぅっ、僕の弱いところを突いてくるなぁ。
すると、理姫もそれは本位ではないとちゃんとフォローをしてくれる。
「もっとも、わたしのほうがお兄ちゃんに付いていっちゃうから、多分置いていけないと思うけどね。あはは」
そりゃそうだなぁ、とちょっぴり優越感に浸りながら、もう一度人だかりを見て、脱力。
「…」
「…」
これは1000人限定は無理かなぁ。なんて思ってると。

「あれ…」
「懐かしいなぁ、その制服」
「?」
2人して声のしたほうに振り返ると。
「…」
帽子を深く被った、サングラスの人が。
ただ、その独特の長いちょっと金髪っぽい色の髪に、理姫が思わず声を。
「あ〜っ!」
しかし瞬時にその人に口を押さえられる。そして2人して建物の影に連れ込まれる。

「ふぅ、危ない危ない」
幸い理姫の声が響く前に列が少しだけ動き出し、我先にと向かう連中には聞き取れなかったらしい。
「困るよ、あの状況で声を出されたら」
「あ、はい、ごめんなさい」
理姫、しゅんとする。
「ちょっと待ってくださいよ。勝手に建物の影に連れ込んで言う言葉じゃないですよ」
僕、珍しく食って掛かる。
するとその人も「あぁ、ごめんなさいね」と謝りながら、サングラスを外す。
「あ…」
「あ〜っ…♪」
まぁ、お約束ですよね。
相手は、宮小路さんご本人だった。
「懐かしい制服だったから、車降りて来ちゃった」
「へぇ…聖應の生徒さんって、そんなに珍しいですか?」
確かにこんな大イベント、聖應の生徒が何人か来ていても可笑しくないのに。
「うん。こういうことに来る人って、大概私服なの。殆どの生徒は今頃部活とか、別のイベントに打ち込んでるわ」
昔を懐かしむように、淡々と、そして優しく語る宮小路さん。
それにしても、だ。
「そろそろイベント始まっちゃいますけど」
「あ、そうだね。でもごめんなさいね。私が引き止めちゃったせいで、列…」
「うぅ…そうなんです…」
確かに、宮小路さんのおかげで列が一気に動き出したにも関わらず波に乗れなかった。
「このままじゃイベントはお預けかな」
「……」
理姫、ちょっと半べそです。
「…仕方ない。私のせいだしね。これ」
「?」
差し出されたのは、ホログラム処理されたチケット。
「?」
「これは?」
聞かなくても分かるけど、一応念のため。
宮小路さんは微笑みながら。
「本当は関係者用なんだけどね。紫苑さんとまりや…あぁ、私の友達なんだけど、ちょっと事情があって来れなくなっちゃったの」
「…」
あの直木賞作家の十条紫苑と、現在売り出し中のカリスマメイクアップアーティストの御門まりやを友達って言っちゃう時点で既に…。
「紫苑さまとまりやさまのチケット…」
理姫も顔を真っ赤にしてもう思考停止してしまってます。
「だから、貰って?会場の特別席があるから、係員に見せたら通してもらえるわ」
「は、はいっ!」
うやうやしくそれを受け取ると、安心した宮小路さんはウインク一つ、またサングラスをかけて去っていった。
「…」
「…ぽ〜っ♪」
「理姫」
「……ぽ〜っ♪」
ダメだ、完全に燃え尽きてる。


 本当に知り合いか?と疑う係員さんに事情を説明し、何とか通してもらえた僕たち。
ちょうどイベント開始の時間。席に着くなり、宮小路瑞穂がステージに登場した。
「うぉ〜!」
「瑞穂さま〜!」
会場がこんなに暑苦しく騒がしいのに、天使の微笑みとして名高い笑みを湛え、その姿はまるで聖母のよう。
理姫が憧れるのも何となく判る気がする。
そのとき、僕たちの座っている席に、彼女の目が動いた。
「…」
「…」
「…♪」
宮小路さんのウインク。理姫、爆沈。
イベント会場では、ファンの質問に答える質疑応答ゲームと、来週の最終回の一部と、面白いNG集を先行上映するイベント。
最後に、宮小路さん自身が作詞作曲した挿入歌『With you』のミニライブを以って、イベントは無事終了した。
「このドラマは、親友の十条紫苑さんが書いた小説を原作にしています」
「今日紫苑さんは仕事の関係で会場に来ていませんが、代わりに、とても可愛らしい私の後輩が遊びに来てくれました」
パチン。指を鳴らす宮小路さん。
すると、僕たちのところにスポットライトが。
「…」
「…!」
理姫も唖然としているけど、そのまま続ける宮小路さん。
「後輩達が私より美しく輝けるように、私自身これからも努力を怠らずに頑張っていきます。みなさん、応援よろしくお願いしますっ」
「「「「「「「うぉぉぉぉおおおぉぉぉっ!!!」」」」」」」
割れんばかりの歓声を残して、宮小路さんはステージ脇に消えた。


 帰り道。完全に真っ白に燃え尽きた理姫を引っ張りながら帰っていると。
「あ、また会ったね」
「え、あ、宮小路さん」
「!」
理姫、目覚ますの早いって。
宮小路さんは車の後部座席の窓を開けて僕たちに声をかけていた。
「今日はホントにありがとう。出来たらこの後、食事にご招待したいんだけどどうかな?」
「!!!」
なんでもイベントに来れなかった御門まりやとこの後食事の予定があるらしい。
理姫が目を輝かせ、思わず手を上げそうになるが。制する僕。
「あ、せっかくだけど、辞退させていただきますね」
「え”っ、お、お兄ちゃん?」
それはそうだ。
このイベントに特別席で参加できただけでも完全なる奇跡。
当然このイベントに参加できず、無念の涙を流して外のスクリーン前で画面越しの宮小路さんを拝んだファンも多いのだ。
それなのに、それ以上の栄誉を求めることはファンに対して失礼というもの。
その理由を話すと、宮小路さんは残念そうな顔をしたが、すぐに微笑んで一言。
「律儀な人なんだね。若いけどしっかりしてて、理想的な人、かな?」
「っ」
ドキッ、と胸が高鳴る気がした。
「瑞穂様、そろそろお時間です」
まだ話したりないのに、と宮小路さんの顔が曇る。運転手さんの声がそれを遮ったからだ。
「また、どこかで会えるといいわね。そのときはまた、特等席でご招待したいな」
「あはは。さすがに2回目はないですよ」
「2回でも3回でも大歓迎ですっ♪」
兄妹まったく逆の発言に微笑みながら、宮小路さんは窓を閉めた。
「…ふぅ」
有名人と話すのって、こんなに緊張するものなんだなぁ。僕が庶民的だからだろうか。
理姫なんて本当に泣きそうな顔で見送ってたし。
「…」
そして、僕と理姫はホログラム処理された特等席チケットの半券を大事に財布に仕舞いこむ。
「…あっ」
「ん?」
しかし理姫の声がそれを遮る。
「…アドレスだ」
「ホントだ」
きっと忙しくて中々会えない十条さんと御門さんにメールアドレスを伝えようとしたのだろう。
そこには、確かにしっかりした文字で『アドレスが変わりました 新しいアドレスは』と書いてあった。
「…これ、処分する?」
「絶対やだ」
「…」
絶対メールしないことを条件に、僕たちはその半券を今一度財布にしまった。
これは後日、誰の目にも付かないところに隠しておこう。


 「ふぅ…」
「お疲れ様でした、瑞穂様」
「ううん。言うほど疲れてはいないよ。いい収穫もあったしね」
「収穫?」
運転手さんになんでもないよ、と告げると、ボクは、携帯を取り出す。
ボクが本当は男の子だってこと、知ってるのは紫苑さんとまりやだけ。
今日は久々にまりやと会える。周りには内緒だけど、肉体関係を持っているだけに、久々の逢引は楽しみだ。
今日は何回イカせようか。どんなはしたない喘ぎ声を出させようか。
でも、今日あったあの子…。
「……あ、もしもし、まりや?うん。私」
「…うん。とっても面白かったよ。面白い女の子も見つけちゃった。うん。聖應の生徒みたいなんだ」
「ねぇ」
「私たちで、その子、プロデュースしてみない?」
美しく、儚く。
久々の胸のときめき。
多分半券の裏にアドレスを書いているのは気付いたはずだ。
あの子か、それともお兄さんのほうでもいい。
接触を試みてくれることを楽しみに、ボクはまりやとの通話を終えた。


 あとがき

はい、瑞穂お姉さまを書きたかっただけです。
そして瑞穂お姉さまを腹黒くして、ちょっと大暴走してもらおうと思ってます。
1時間で書いたから結構薄っぺらいけど、そのうち加筆修正しちゃうかも。
相坂でした。

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