「ごめんね、お兄ちゃん。今日はご飯作ってあげられないかも」
「え?」
放課後の中庭、自販機でコーヒーを買って飲んでいた僕の後ろから声。
相変わらず唐突な登場は、理姫だ。
「え、あ、うん。それは別にいいけど…」
「ぶー。どうでもいいんだー」
「ちょ、理姫っ!?」
頬を膨らまし抗議。しかし次の瞬間にはあのエンジェリックスマイルで『冗談だよっ♪』と言って来るあたり、本気で怒ってはいない様子。
「で、作れないってことは遅くなるってこと?」
「うん。ちょっとね」
「…」
硬貨を入れてコーヒー牛乳を買う理姫。相変わらずこういう飲み物は苦手なのか(どうやら聖應では、パックの飲み物ではなく本当に紅茶がポットで出ていたらしい)、
ストローの差込口に悪戦苦闘。いっそストローの包み破り捨てて、そのままストローぶっ刺してちゅーちゅー吸えばいいのに。
やっぱり淑女としての嗜みを中高一貫教育で叩き込まれたのだから、そう簡単にお下品(でもないか)な飲み方には慣れないのだろう。
お嬢様育ちってのも、苦労が多いんだな、と苦笑いしながら、手伝ってやる。
「あっ…」
「こうするの。分かった?」
「…うんっ♪」
そして小動物、強いて言えばリスのような口で上品に飲み、上品に嚥下していく。
見とれる僕、気付いて頬を赤らめて微笑む理姫。そして。

「いつかお兄ちゃんのも、吸ってあげるね」
「いやいやいやワケ分かんないですから」

 …気を取り直して。あぁ、思春期の妹を持つと苦労するね…。
「遅くなるならいく場所はちゃんと教えてね?場合によっては迎えにいくから」
「あー…んと、それは、ちょっと、女の子の事情でして…てへへ」
バツが悪そうな笑み。似てる。小さな頃、悪戯して怒られそうになったときの、僕の顔に。
やっぱり兄妹なんだなぁ、なんて感心しながら。
「だーめ。ちゃんと言ってくれないと」
「だから、その…」
「…?」
兄に知られることが恥ずかしいような場所?
そ、それってもしかして…。
「あ、お兄ちゃんが考えてるみたいに泡姫とかキャバ嬢とかウリ娘とかじゃないよ?」
「いやいやいやいくら僕でもそこまで具体的に考えてませんから」
てかドコで覚えたんだよそんな言葉。お嬢様育ちじゃないんだね。うん。そう断定しよう。
「えー」
「そこで不満そうな顔をする理由が分からないなぁ…」
もうどっと疲れました。今日はもう帰っていいですか?ご飯はとりあえずファミマで済ませるとして。
「お兄ちゃんノリ悪いよ」
「いやいやいやそこで突っ込まれる謂れはないから…」
「ぶーぶー」
「ブーイング!?」
今度からいっしょに寝るって選択肢を変えようかな…お仕置きとして。
「で、ちゃんと言わないなら今日はもう一人で寝るよ?」
「えーっ!?それは、だ、ダメだよぉ…」
ほら苦悩してる苦悩してる。
飲み終わったコーヒーのパックを後ろ手にゴミ箱へスローイング。
それは放物線を描いて、見事にゴミ箱にゴール。
「ほわ〜…お兄ちゃん、上手」
「理姫みたいに上品に育ってないからね。だてに恭介に鍛えられてないよ」
「うー。恭介さん、お兄ちゃんになんてこと教えてるの…」
うーん、怒るところじゃないと思うんだけどね。
地団太を踏みながらうーうー唸る理姫の頭を軽くポンポンと叩いて、そして。
「で、教えてくれなかったらホントに一人で寝るよ?」
「…もん」
「え?」
聞こえないくらい小さい声だったからもう一度聞き返すと。
「一人で寝たらその隣で独り寂しく自分を慰めて、一晩中艶やかな声出しちゃうんだからっ!」
「こ、こら理姫〜〜〜〜〜っ!?」
幸い周辺に人は…あ、来ヶ谷さんが鼻血出して横転してる。まぁ、始末は近くにいる佳奈多さんにでも任せるとしよう。
「不公平だよ…」
「いいもん。お兄ちゃんがわたしと寝てくれないなら、そうするから」
「うー」
男としては嬉し…って待て待て待て僕。とりあえず兄としては妹の性根を叩きなおす必要があるみたいだね。もっぱらお尻百叩きで。
…かえって喜びそうで惨めだな、きっと。
「お兄ちゃん…お尻、いっぱい叩いていいよ。でも、お猿さんもビックリな真っ赤なお尻になったら…責任持って鎮めてね?」
「てか今声に出して言ってましたか僕?」
あぁもう…どうせどこかの不良変態物書きが僕の声を悪用してるに違いないんだ…。民安さんに叱られてしまえっ!
ついでに喜んでしまってる理姫、それに対して僕は僕自身が本当に惨めに感じるのでした。


 そこで、理姫といったん別れ、その後理姫を尾行することにする。
途中付いてきたがる他の連中をとりあえず右から左に受け流すのは一苦労だったけど。
鈴はモンペチで釣ったし、謙吾と真人は最強☆とんがりコーン(マッスルエクササイザー味)が購買に出た、で釣った。
恭介はネットで落としたロリ画像DVDでやっつけた。その他は…あえて言うまい。面倒臭いし。
外に出た理姫は、市街地とは反対側、住宅街のほうに向かう。バスは使わないようだから、近くだろう。
「…」
時折気配を察したのか理姫が振り返るが、全部上手く隠れてかわす。
「…」
「…」
理姫の歩調は決して速くはないし遅くもない。ただ短いスカートをなびかせながら歩く姿は、まさにお嬢様。
道行く人もあまりの美しさに振り返るくらいだ。これは素直に兄として嬉しい。
…たまにオヤジっぽい理姫の内面を知ってる僕としては、胸張って自慢できませんが。うん。
っと、見つかりそうになり隠れる。
「…」
隠れるたびに、理姫の進行速度が遅くなってるのは気のせいだろうか。まさか、気付かれたのか?
そう心配にはなるが、振り返ってはいない。セーフ、かな?


<Side:Rihime>

 もう、お兄ちゃんってば。
バレてるのに上手く隠れたつもりでいるなんて、可愛いなぁ♪
たまにそんな抜けたところがあるけど、そこがまた可愛いんだよね…。
でも、尾行してきてるってことは、それなりにヤキモチでも妬いてくれてるのかな?
ほら…何も言おうとしなかったから、お兄ちゃん、きっと男の子関係だって思ってるんじゃないかなぁ…。
大丈夫♪生涯の供と決めているのは、お兄ちゃんだけですから♪
だからとりあえずスカートを軽くなびかせながら歩いてみる。お兄ちゃん、気付くかなぁ?
…おぢさん、見ないでください。言っておくけどわたし、安くないですよ?
むしろこの世界の紙幣という紙幣、貨幣という貨幣、金塊という金塊をどれだけ積まれても、お兄ちゃん以外に抱かれる気は毛頭ないもん。
…お兄ちゃんの生命がかかってるなら…ううん、それでも絶対抱かれない。後を追って天国で永遠に2人仲良く…。
っと、なんてこと想像してたらお兄ちゃんを忘れるところだった。振り返ってみると、案の定まだ着いてきていた。
「…♪」
わたし、愛されてる。うん。
曲がり角でスカート捲り上げて隠れてたらビックリするかなぁ?
…チョップが飛んできそうだからやめておこう。うん。


<Side:Riki>

 さて、理姫を見失わないように後を追い、理姫が入っていったのは…。
「ひまわり保育園…か」
保育園。そこは、夕方というだけあって、後は親御さんが迎えに来てくれるのを待っている子ども達の元気な声がするだけ。
「ま、まさか…」
理姫、その歳で子どもを産んでたなんて!?
…バカみたい。惨めだからやめよう。
「あー、おねえちゃんせんせいだー!」
「きゃっきゃっ♪」
…まぁ、そんなことだとは思ってたけどさ。
一応念のため確認っと。フェンス越しに向こうを覗き見ると。

「みんな、こんにちはー♪」
「「「せんせーこんにちは!」」」
「よしよしっ。今日もまーくんは元気でよしっ♪みんなも見習おうね♪」
「「「「「「はーいっ♪」」」」」」
見事にガキ軍団を統率していた!
「…」
我ながら兄として情けない。妹のこと、何一つ知らないじゃないか、僕。
可愛い猫のエプロンをつけた理姫は、子ども達に囲まれて、満面の笑顔。
「あー、こらっ、いまスカートめくったの誰〜?」
「おねえちゃんせんせいのパンツ、ピンク〜♪」
「もう、なおくんっ、今度したらお尻叩いちゃうぞ〜♪」
「きゃっきゃっ☆」
翻弄されるでもなく、上手く受け流して、そして優しい愛で子ども達を包み込む。
「理姫…」
「理姫ちゃん、今日も元気でしょ?」
「!!!」
しまった、誰かに…。
振り返ると、そこには初老の女性が微笑みながら立っていた。
「どなたかと思って警戒していましたが、態度と容姿で安心しました。理姫ちゃんのご兄弟の方でしょう」
「たはは…バレてしまいましたか」
女性は、目を細めて言う。
「それはもちろん。少なくともあなたの倍以上は生きているのですから」
草むしりでもしていたのだろうか、麦藁帽子に作業着、軍手の女性は、汗を拭いながら、そう言った。


 「保育園も、年々子どもさんの減少で経営は難しくなる一方ですし、仕事柄、保育士になっても長続きする人は少ないんですよ」
その保育園の主…初芝さんはそう語った。
少子化の影響で採算が合わず、その割に受け入れを求める両親の増加、施設の維持の困難、そして保育園という施設の特徴から、
本当に子どもが好きでも、受け入れる、世話をする子どもの年齢は多岐にわたるため、最近の若い人では精神のほうが付いていかず、
一人前になる前にストレスなどから辞めてしまう人もいる、というのだ。
「大変なんですね…」
「えぇ…この保育園も、もう今年だけで保育士が2人いなくなりました。かといって新規に雇って差し上げるには…」
昔はもっと遊具も綺麗で、ちゃんと庭の手入れをしてくれる人がいたのにね…疲れた顔で言う初芝さん。
確かに目線の先の遊具はさび付いて、どこか寂しげだった。
「でもね、理姫ちゃんはそれでも来てくれるの。お金なんていりません。子ども達の笑顔が見たいだけです、って」
「そうだったんですか…」
「えぇ。それはもう。まるで昔聖書で読んだ聖人のような佇まいでした。最近までカトリック系の学園に通われていたみたいなので、当然なのでしょうね」
僕は正直、自分が恥ずかしくなった。
別に邪推をしていたわけじゃない。だけど、妹をこれっぽっちも信用できず、尾行までして真実を知ろうとした愚かしさ。
「帰ったら、理姫に謝らないと」
「いいえ、それには及びませんよ。その罪は私が許しますから」
「…畏れ入ります」
「いえいえ」
理姫といい、初芝さんといい、この人たちにはとても勝てそうにない。
苦笑いしながら理姫のほうを見つめると。
「…♪」
本当に幸せそうな笑顔。
近い未来、理姫が母親になったときも、こんな感じで微笑むのだろうか。
そして、その子どもの父親は、誰なんだろうか。
ちょっと嫉妬してしまう。あの理姫の笑顔を生涯独り占めできるその男の存在が。
それを空気で察したのか、初芝さんは。
「そういえば理姫ちゃんが一度、本気で愛してしまった男性の話をしていましたね」
「へぇ」
どんなヤツなんだろう。聞いてみる。
「優しくて、まっすぐで、ちょっと恥ずかしがり屋だけど、誰よりも人の痛みが分かる人。わたしは、その人を生涯支えたい、ってね」
「…」
心当たりがないなぁ。
「願わくばその人の子どもを産んで、この保育園に委ねたいとも言ってくれましたよ。ほら、お兄さんとしては、どうなのかしら」
「…祝福するしかないですよ、そんなの」
悔しいけど、本当に祝福してやるしかない。仮にそうなったとしたら。
笑みを絶やさない初芝さん。そして、もう一度僕に目配せ。
「…理姫ちゃん、幸せにしてあげるのですよ。いまどきあんな素直で優しい子などそうそういないのですから」
え、何を。
言う間もなく、初芝さんは去っていった。遊具の手入れでもするのだろう、雑巾と工具箱を持って。

 「あ、こら〜。スカートの中に頭突っ込んじゃダメぇ!ぱんつ伸びちゃうよ〜」
理姫は思ったより悪戦苦闘してるようだ。どうもガキ大将格のなお君とか言う子どものせいで。
僕の妹にヘンなことするなんていい度胸だな、と持ち上げてみる。
「うぁっ!」
「あ…♪」
「こらー。自分がされて嫌なことは、相手にしちゃダメだぞー」
そう言って下ろしてやる。
「ぼくおとこだからされないもーん!それよりにぃちゃん!いまのもっかいっ!」
どうやら持ち上げられるのが楽しかったようだ。もう一度持ち上げてやる。
「それでも女の子は嫌がるんだぞ〜」
「ぼく、おんなのこのぱんつきょうみないもん!りひめねぇちゃんだからいいんだぜ〜」
年上好きとは中々マセたガキだなぁ、なんて思いながらぶんぶん上下に振って下ろしてやる。
「おにいちゃんぼくも〜!」
「あたしも〜!」
「わたしもーっ♪」
ちゃっかり理姫も手を上げてさっきのリフトアップを待ちわびていた!
「あ、あはは…」
理姫はもうちょっと大人になろうね、なんて。

 日が暮れ始め、みんな親御さんが迎えに来る。
逆に夜間保育の子と、夜シフトの保育士さんたちがやってくる。きっとこういう変則的なシフトがストレスの原因なんだろうなぁ…。
今日のお礼にと初芝さんから、隣にある自宅で夕飯をご馳走してあげると言われたが、それは謹んで辞退した。
みんなも多分待ってるだろうし、今日はもう早く寝たかった。
…それくらい、2人して子ども達に揉みくちゃにされていたから。
「あーん…ぱんつ伸びたかも…。お気に入りだったのにぃ…」
「それは災難だったね…」
「……お兄ちゃん、脱ぎたて、いる?」
「いりません」
「ちぇ〜」
絶対喜んでくれると思ったのに。ぶつくさ言っているけどまぁ無視してやろう。
でもタダ無視するだけじゃなく、今日は一歩前に進んでみよう。
「今度買いに行こうか、いっしょに」
「…ホントっ!?」
そしてすぐ笑顔。やっぱり理姫はこうでなきゃいけないんだろうと実感。
「うん、今度時間が作れたらね」
「じゃ、時間作れるようにわたし頑張るっ♪」
何を頑張るか分からない。だけど。
理姫の笑顔は、誰もが幸せになってしまう、素敵な魔法。
小毬さんの幸せスパイラルとはまた違う、安心感と、そこから離れたくないという呪縛の効果すらある凄いものなんだ。
それを持っている妹に、ここまで言ってもらえている自分は、きっと…。
「ねぇ理姫」
「ん〜♪」
「…なんでもない」
さっきの理想の男のこと、ちょっと聞いてみようと思って、やっぱりやめた。
理姫には理姫の価値観があって、その人のことを本当に大切に思っているのだから、それに首を突っ込むのは野暮だ。
祝福しよう。誰よりも兄として。
「…ねぇお兄ちゃん」
「ん」
「将来、2人の子ども、ひまわり保育園に預けようね」
「うん…ってぇぇぇぇぇええええぇっ!?」
「あ、うんって言った♪」
「ちょっと待ってよぉぉぉっ!」
なんと言うか、あれって僕のことだったの!?
僕、優しくないし人の痛みだって…ちょっとしか分からないような…。
そんな僕にも理姫は真っ直ぐな視線で立ち向かってくる。
「未来は分からなくても、わたしは本気だよ?お兄ちゃんと結ばれたい。素直にそう思えるもん」
「でも僕たち…」
言葉は、人差し指で封じられる。理姫が得意な『もう言わせないよっ♪』の魔法だ。
「兄妹は生物学上は、男と女でしかない。本気で好きになった人、ブレーキのかけようはないんだから」
ストレートに愛情をぶつける理姫は、きっとリトルバスターズの中で一番輝いているのだろう。
ちょっと泥で汚れた彼女は、夕日の逆光が原因か分からなかったけど、ほんのちょっぴり、赤らんでいた。


あとがき

 一時間で書いてしまいました。うん。これ、ちょっとボツって感じで小ネタページに。
mさんのTRAFFIC JAMさんでも使われていましたが、子ども好きという設定をちょっと使った感じ。
ただ違うのは、理姫がいつもの相坂版理姫ってところだけでしょうか(笑)
この2人って、兄妹喧嘩とかするんでしょうか。なんてちょっと心配してみるテスト。相坂でした。

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