陽だまりのように温かい彼女の膝枕が大好きだから。
甘えちゃいけないんだ、そう脳では分かっているのに、つい甘えてしまう。
彼女はそんな私の気持ちすら既にお見通しなのか、いつもどおりの笑みを浮かべる。
いいんだろうか。ずっとこうしていても。
…あー、締め切りまでもう間に合わないの分かってるし、いっそこのままいけるところまで行ってしまうか。


11月23日〜24日『ひだまり荘の陽だまり』


 昨夜も昨夜で徹夜するつもりが、ちょっとソファで横になっているうちに気が付いたら眠ってしまっていた。
我ながら情けない。これで今月何回目だろうか。でも書けないときにどう足掻いても書けないのは仕方のないことだし。
また担当さんに遠まわしに怒られるんだろうなぁ、と思うととても気が滅入る。もっと、書きたいものをポンと素直に書ければいいのに。
そうして葛藤しながらゆりかごの中を飛び出そうと眼を開けたとき。
「おはよう沙英。また、徹夜したでしょ?」
「…力尽きたからギリギリ徹夜じゃない」
「もうっ。すぐそんなこと言うんだから。もうしばらく寝てなさいっ」
柔らかい香りと、それでいて、私のことになると絶対譲ろうとしない強引さ。ある意味私より私を大事に思ってくれている、そんな温もりの塊。
「…せめて顔洗わせて」
「ダメ。そしたら沙英ってば目が覚めて、またお仕事しちゃうもん」
「締め切りが…」
それでも、これだけは譲れない。
締め切りが近い。間に合わせなきゃならない。それは彼女もよく分かっているようで。
「分かったから、無理はしないでね?今日は一日近くにいるから」
「…え”」
隣にあった袋から栄養ドリンクをトンッと机において、私を解放し。
「今生き残ってるのは私と沙英だけなんだから、最悪私は倒れても、沙英には元気でいてもらわなくちゃ♪」
「…さいですか」
どこまでも笑顔で、とても残酷なことをおっしゃる。
それが彼女、ヒロの正体なワケで。

 今年は夏が冷夏だったので、冬は暖冬だろう。
そんな風に思っていた時期が、ひだまり荘にもありました。
なんとあの宮子が風邪を引くという事態に始まり(本人も途中まで自覚していなかったらしく、38度5分になってようやく気づいてダウン)、
懸命に看病をしていたゆのも半ば自爆のようにダウン。これはまぁ、名誉の負傷みたいなものだけど、風邪の患者を前にマスクをしなかった時点で、
ゆのらしい自爆っちゃ自爆。
そして次に元気だった乃莉が二人を発見し何とかしようとするもダウン。徹夜でインターネットなんてして体が弱ってるときに無理するからだ。
で、後追いの如くなずなまで熱を出してしまい。
「正直ね、部屋に入ったとき沙英が倒れるように寝てたからすごく心配したのよ?沙英まで元気なくしたら、私、ひとりぼっちになっちゃうから…」
「ヒロ…」
そんな彼女になんとなく、風邪を引かない秘訣を聞いてみたら。
「手洗いうがいにマスクは当然よね。それにプラス」
いや、手に持っている赤い雄牛のドリンクは分かる。それになんで酒?それもアルコール度数70%越えのアブサン…。
「これをアブサンで薄めて飲むとたちまち除菌しちゃうんだから」
いやいや逆でしょ普通!赤い牛でお酒薄めるでしょ普通!なんでエナジードリンクをお酒で薄めてるんだ!
「そういうことで私は大丈夫。さっきもゆのさんたち見てきたけど、もうだいぶ落ち着いたみたい。乃莉ちゃんとなずなちゃんはもう少し経過観察が必要だけどね」
さいですか。
でもこんなヒロだからたまに不安になることもある。
ひだまり荘のお母さん役として、みんなの健康や栄養の管理に余念がないからこそ、つい自分をおろそかにしてしまわないだろうか。
そして、気が付いたときに重篤化してないだろうか。なんて。
私はプロの小説家気取ってるだけの所詮は普通の女子高生。ガキなんだよ、私。
だから、肝心なときに気付いてやれないことがこれまでも多々あった。
だからこそ、ヒロは凄いと思うし、その反面で、時々彼女の面倒見のよさが怖くなる。
…それを免罪符に、単に妬いているだけなのかもしれないけど。みんなに平等に優しい、ヒロに。
「沙英、難しいこと考えてる?」
「…ううん、次の展開をどうしようかな、なんて」
「まず顔洗ってきたら?」
「うん」
彼女はエプロンを取り出し、キッチンに立つ。
「ついでにシャワーも浴びちゃえば?沙英、ヘンな汗かいてたみたいだし」
「臭った?」
「ううん。ちょっと新鮮だったかも」
そしていつものように朝食の準備に取り掛かる。出てくる頃には温かい食事が私を待っているんだろう。
そして気付いた。確かにちょっと汗臭い。オイルヒーターの温度、少し考えたほうがいいかもしれない。
…高くすると、ヒロがダイエット目的でずっと居座りそうだし。な、何言ってんだ私は。
そんな葛藤を何事という目で見るヒロにちょっと微笑むと、私は脱衣所に入る。
後ろから聞こえるヒロの「ヘンな沙英」という笑い声に、ここにいられるという実感を感じながら。


 シャワーから戻ると、案の定朝食の支度は終わっていて。
「おかえり沙英」
「うん。生き返った。ありがと」
そしてテーブルの前に座ると、ホットミルク。
「少し温めにしてあるから飲みやすいと思う。飲んでみて」
ホットミルクだけど、熱すぎないホットミルク。
まるでヒロの温もりみたいな、優しい温かさ。喉を通るとき、少し焼けるような感じがして、すぐに温もりに変わり。
…ん?喉を焼く感じ?
気付いたときにはもう遅く。私は意識だけ残して体の制御が出来なくなっていた。
「…沙英が悪いのよ?受験勉強の息抜きと言ったらお仕事、お仕事が終わったと思ったらまた勉強」
「…私を食堂のおばさんか何かと勘違いしてないか怖くなったの。だから、決めたの。今日は沙英を一日動けなくするって」
言ってることがややスローモーションに聞こえるけどはっきりと分かる。
普段の『怒ってるわよ!』モードなふくれっ面ではなく、目が、光をなくしている本気モードのお怒りヒロさんだと。
「ひ、ヒロ…?」
「ホットミルクが少し温めなのは、これ入れたからなのよ。においで気付かれないようにこっそりお香を焚いてみたり」
手には、世界最強の蒸留酒、スピリタス。そして確かに嗅いだことのない香り。こりゃ気付かないわけだ。
「だからね、今日は一日一緒にいるの。死ぬほど甘い時間を過ごさなきゃって思って」
それでも、少しおかしいと思うのは事実だ。
ヒロは私の仕事のことを誰よりも一番理解してくれてるし、そのためにいつだって手伝ってくれた。
なのに、何で今さら?
思ったことを、気付いたら口走っていた。
「…ヒロ、寂しかったの?」
「!?」
思ったとおりだ。光のなかった目に光が戻る。
「当たり前でしょ!私はいつだって沙英のそばにいたつもり!でも沙英は、私が本当に隣にいて欲しいときいてくれない!今日だって!」
「あともう数ヶ月すれば、私たちは離れ離れ。お互いの夢に向かって合う時間だってなくなるかもしれない。そう思ったら、こうでもしなきゃって!」
「沙英のばかっ!バカっ!」
時々思うのだ。
ヒロは誰よりも大人びていて、みんなに頼られる存在。
だからこそ、誰よりも弱い部分がある。頼る相手が近くにいないこと。
私だって、ヒロに助けられっぱなしで、結局のところ何もしてやれてない。やれやれ、私もヒロも、どっちもバカだ。
そばにいる人同士、支えあえればいいのに。
「バカはどっちだか」
「沙英っ」
言葉は、続けさせない。抱き締めて唇を、奪うから。
「んっ…」
「んんっ…さえっ…」
「離れ離れにするって、誰が言った?」
「えっ…」
答えは、こうだ。
「ヒロみたいな器量良し、誰が手放すもんかって言ったの。そりゃ、この国は同性愛にはすんごい厳しいお国柄だけどさ」
「私は、ヒロと一緒に暮らしたこの3年間をいい思い出にする気はさらさらないから。ヒロをお嫁さんにする。今の仕事も続ける!」
「沙英…」
「私ってさ、ヒロ以上にバカで不器用で、やっぱりそんな女だから、フォロー出来るのはヒロだけなんだって、本気で思う」
「だから、こんな手を使わなくたって、私はとっくにヒロのもの。どう?」
あー。声を出すのも精一杯なのに、私は何言ってんだ。
これ、録音されてたら一生の不覚だなぁ。
抱き締める手に力が入らない。なんなんだ、もう。
意識が飛びそうになるとき、次はヒロの応酬だ。
「わ、私もっ…あのね、沙英の優しい言葉や声は、もう誰にも聞かせない。私だけの沙英にするから」
「一緒にいて飽きたからポイなんて絶対しちゃダメよ?そんなことしたら体中から強いお酒飲ませて壊すから…」
ひゃー。恐ろしいなー。
それはイヤだから、抱き締める手に無理矢理力を入れる。すると。
「んっ」
ヒロが少し窮屈そうな手つきでスカートに手を入れる。そして。
紐が解ける音。取り出される布。いや待て。何でパンツを脱ぐ。それもヒモパン。
「お嫁さんに、してくれるんでしょ?」
彼女が答えるのが、聞くよりも明らかに速かった。
「じゃ、今すぐお嫁さんにして。女の子から、お嫁さんに孵化させて」
そうして晒される、白磁のようなお尻。
「沙英…」
抑えられない衝動と、抑えようとする理性。
もう、酒のせいか分からないけど、顔が熱い。吐息が熱い。
それはヒロも同じようで、赤いソファにヒロの花びらからポタッ、と音を立てて、花の蜜が零れ落ちる。
「もう、歯止め効かないんだから、ね?」
「…」
気が付けば彼女にリードされるまま、私たちは隣も気にせず求め合う。
次に目を覚ましたときは、温かいヒロの胸の中。太陽は既に、水平線の向こうに沈みかかっていた。


 「すっかり回復しましたなぁ。ゆの殿も息災そうで何よりでござるっ」
「うん。宮ちゃんも元気になってよかったよー!」
連休最後の日。久々に元気を取り戻したゆのたちが部屋に遊びに来る。
「そう言えばヒロさんの部屋行ったんですけどいなかったんです。どこかご存知ですか?」
「ん?」
「看病のお礼、言いたくて」
「あぁ、なるほどね。ヒロなら今買出し中。1時間前くらいに出たから、そろそろ帰って来ると思う」
お話も一段落したので、ペンを置いて彼女らに向き直る。すると。
「あ、あれ、沙英さん、指…」
「ん、あぁ、これね」
「質に入れたら何食べに行こうか」
宮子が恐ろしいことを口走る。今のヒロが聞いてたら何されるか分かったもんじゃない。
「結婚、するんですか?」
「ううん。残念ながらもう特別な買い手が付いちゃったから、これはその印」
「???」
二人とも頭にはてなを浮かべてる。かわいいものだ。
「そう言えば沙英さん、なんか空気が違う」
「そう?」
「うん。いつもよりもっと大人っぽいし、沸点高く感じる!」
失礼な。私がいつキレやすいキャラになったんだか。
そんなこと考えていると。
「ただいまー♪」
「ヒロさんだ!」
噂をすれば、ってね。ヒロが戻ってきた。
「あら、ゆのさん、宮ちゃん、もう大丈夫?」
「はいっ。お世話になりましたっ!」
「右に同じでござるよ!」
「はいはい。困ったときはお互い様だし、いつでも頼ってね」
そして買ってきたものを冷蔵庫に入れる姿に、ゆのは。
「あれ、沙英さんの部屋の買出しなんですか?」
「うん♪うちの人ってばホントそのへんズボラだから、私がしっかりしないとね」
その言葉に、彼女たちも思考が一時停止する。そして。
「うちの人って…それに、ヒロさんの薬指…」
そう。
ヒロの左手薬指にも、私と同じもの。永遠に二人を結びつけ、縛り付ける、銀の指輪。

『ホントはさ、クリスマスまで取って置こうって思ったのに。前倒しになっちゃったね』
『沙英ぇ…』
西日が差し込む部屋の中で、もう無駄な心配はしなくていいんだぞ、という含みを持たせながら、付けてあげた指輪。
どうせあと1ヶ月後だったんだし、速いか遅いかの差ではあったけど。
「じゃ、沙英さんが言っていた特別な買い手って…」
「うん」
即答。宮子は想定の範囲だったみたいでうんうんと頷くばかり。
改めてヒロが私の隣に立ち。
「これで、名実共に夫婦。もう残り時間は少ないけど、本当のひだまり荘のお父さんお母さんとして、みんなのお世話しなくちゃね♪」
ね、パパ?
いちいち私を赤面させるのが好きな私の自慢の妻は、そうして聖母の微笑みを私にくれるのだった。

…なお、翌日登校するなり夏目に『お、おめでたいじゃない!もう私と仲良くしようとしないほうがいいんじゃない!?』とワケのわからんことを言われ、
よっしーには冷やかされ(校長先生に直後制裁されてたから別にいいけど)、何かいろんなものを失った気がするけどそれはまた次の機会に。
今はただ、卒業までの間、彼女の隣にいられることを喜びにしようと思う。
ひだまり荘始まって以来の、百合夫婦として、ね。



11月23日〜24日『ひだまり荘の陽だまり』
                                              おしまい


あとがき

ひだまりスケッチはアニメ前編みたし、コミックスも全巻読破したけど、SS書くのは初めてで斬新。
未だに沙英さんの一人称が『私』か『あたし』かよく分からないので、一応コミックス準拠。
エロシーン書きたかったけど、それはひだまりらしくないかなぁ、って省略しちゃいました。てへぺろ。

相坂は基本ヒロさん派。そして沙英も大好きです。何ていうかこう、昔の自分を見てるみたいで好き。
もっとも沙英ほど生娘じゃなかったけどね、うん。でもヒロさんはあたしのとても大事な人と同じ空気を持っているので、
今後も色々書いてあげたいな、なんて。
おっと時間だ。乗馬マシンに乗るか。相坂でした。

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