別れの楽しい人間などいないし、別れに涙しか見出せない人間もいない。
誰もがそれを知っているから、今日も前に進み続ける。車輪が、地面を蹴り上げるように見えるのも、きっとそのせいだ。
まっすぐな一本道。誰が曲がるものか。止まってなどやるものか。
走り続ける。ただそれだけを信じて、スロットルを絞る。海岸に吹き付ける横っ面の風を、はじき返すように。


ちょっと嗜好を変えた曲SS『ハネウマライダー』Music by Porno Graffiti


 照りつける太陽が忌々しい。だがそれ以上に焼き付いたアスファルトから舞い上がる熱がもっと忌々しい。
革のジャケットの内側、タンクトップの体がもうじんわりと熱を持っている。端的に言うと汗にまみれて少し気分が悪い。
通気性が悪いのは難燃性ナイロンも同じこと。ならば格好がキマって見える革にした結果がこれだよ!と風に八つ当たりするのもかっこ悪い。
そもそもなんでバイクなんざ乗ってるんだろう。この間までハンドルもなく、ブレーキすら軋むような危険なマシンだったのに。
大体それはバイクと呼べるのかはなはだ疑問だったけど、じゃなんて名前だ?って問われたらどうでもよくなってしまう。
それくらい、今やこのマシンは凶悪なくらい、速くなっている。スロットルを絞れば急加速。ブレーキの調子も良好。
ハンドルだって、よく車輪と連動してくれる。後は僕の腕が伴えばいいんだけど。
『ねね理樹君、もっと飛ばしてよー』
彼女が、そういった気がした。気がしたというのは、バックミラーに映ったヘルメット姿の彼女の口がそう動いたように見えただけ。
この横殴りの風の中だ、当然聞こえるわけがないだろう。彼女の普段の元気さでも。
トレードマークの、ヘンなツインテール、そして風に揺れるミニスカート。
ミニスカートの下は当然スパッツ。うん、むしろ僕が穿かせた。
『えー?何でー?』
出発前、買ったばかりのおニュー(死語)のミニスカートで挑発できないことに至極不満そうな彼女。
その下にはこの間見立ててもらったぱんつが控えているとか。
だからこそ、他のヤツにそんな美味しそうなもの見せてやりたくなくて、いつか女装させられたときにそのまま貰っていたスパッツを手渡す。
『仕方ない理樹君ですネ』
そういいながらもちゃんと穿いてくれるあたり、僕の嫉妬は分かってくれたみたいだ。

 そもそも僕がバイクを引っ張り出したのは、このヘンテコツインテの彼女が原因だ。
季節は秋。夏の来ヶ谷さんとの戦いに勝利して、彼女---三枝葉留佳、もっとも本人はすでに『直枝葉留佳』と名乗っているけど---は、
僕の正式な彼女になった。その晩行われた月と星に見守られながらの子作りセックスでは残念ながら僕らの子供は葉留佳さんのお腹には宿らなかったけど、
(その時密かに『よっしゃッ!僕救われた!』なんて思ってたのは内緒だ。まだ幸せにする自信はないし)
今ではほぼ毎日僕の家にいて、甲斐甲斐しく僕の世話をしてくれる。
そんな彼女がある日、納屋の掃除をしていて見つけたのが、コレだ。
ところどころ錆びて腐敗した箇所すらあるボディ。ハンドルもスロットルもないパイプ、無論ブレーキなんてない。
そう言えば、父さんが生前、バイクをちょっとしていたって聞いたことがある。僕が生まれて、守るものが出来てからバイクは辞めたらしいけど。
それでも昔なじみがレストアしてくれって来たら、そのバイクから惜しみなくパーツを分け与えていたって、うっすらとだけど、覚えている。
皮肉なものだ。その守るべきものが出来たからって走ることを辞めた彼が、あろう事か走っているものにぶつけられて妻ともども死んでしまうなんて。
『父さんの形見…か』
『…』
複雑そうな顔の葉留佳さん。
『お義父さん、見守ってくれてるかな。勝手に引っ張り出して、怒ってるかな?』
『…父さんはきっと、その程度じゃ怒らないと思うよ。むしろいい虫干しの理由を作ってくれて喜んでるよ』
どちらにしたって納屋で錆びて朽ちるだけのマシンなんだ。いい機会だから最期に日の目くらい見せてやろう。
それだけのつもりだったのに。
『ねぇ、修理してあげようよ』
『え、何で?』
本当に、え、何で?だ。
僕は残念なことにバイクの免許までは持っていない。そりゃ車の免許があれば原付くらいは運転できるが(※現行道交法では別になった模様)、
これは立派な中型バイクだ。いや大型か?ぶっちゃけ分からない。バイク興味ないもん。
でも葉留佳さんは興味津々なようで、修理修理とせがんでくる。
『ねぇ修理しようよ。車でのドライブもいいけど、この時期なら風も涼しくて気持ちいいよ』
『今年は残暑が猛烈に厳しいらしいからきっとしばらく先になるよ』
『でもほら、はるちんのスカートの中が風のおかげで拝めるよ?』
『そのときは無条件でスパッツ穿かせるからね』
『ぶーぶー』
『うーうー』
しばらくこんな感じの押し問答が続いたけど、お昼の時間になったから二人そろって家に戻る。
二人で冷やしそうめん啜りながら、それでも食卓ではバイクを修理してとうるさい未来の奥さん。
『そんなにバイクが好きなの?』
思わず聞いてみる。きっとバイクが相当に好きだからレストアを希望するに違いない。
『ううん、そんなことないよ?理樹君は大好きだけど』
『僕も大好きだあああああ』
なんて言いながら押し倒そうと飛び掛ったら箸で目潰しされました。ぐすん。
おぎょーぎ悪いよ葉留佳さん。食べながら犯そうとした僕も大概だけどね。うん。
『でも違う理樹君も見てみたいなんて思ってたりして。ほら、本当に結婚して家庭持ったら、バイクがどーとか言ってられなくなるんだし』
今のうちに、私が知らない理樹君を、たくさん見ておきたい。
いつか生まれてくる私たちの子供に、お父さんは実はこんなことも出来るんだよ!って教えてあげるために。
その瞳は、恋する乙女の瞳というより、まだ子供がいるわけでもないのにもうお母さんになったつもりの女の目だった。
『ほら、仮面ライダーとかきっと好きになると思うよ!お父さんがバイク大好きなら』
ウインクしながら提案する彼女に、僕はもう、うんと言うしか出来なかった。
……もっとも、自動販売機がバイクに変身する時代の仮面ライダーだ。バイクで颯爽と駆けつけて変身なんてのは、もう相当に古いと思うケド。


 それからレストアの日々が始まる。
というより、全部丸投げしました。本当にありがとうございました。
『ふむ。レストアとな』
『うんそれそれー』
『本当に意味が分かっているかはなはだ疑問だが、まぁいいだろう』
戦いに負けたら潔く身を引く、とか何とか言ってた来ヶ谷さんだけど、未だに僕の家に遊びに来ていたりする。
『身を引くとは言ったが、それはあくまで恋人であって、妾や愛人や側室とはまた違うぞ。よって理樹君にはハーレムの刑を命じる』
なーんて恐ろしいことを平然と言いながら合鍵使って上がりこんでくるあたり、僕そのうち誰かに刺されそうな気がしないでもない。
今のうちに血文字でダイイングメッセージ書く練習しておこう。かゆ…うま…コレ違う。
ともあれ、来ヶ谷さんの知り合いにバイクの専門家がいるらしく、その人にすぐ手を回してくれた。
内心修復に相当お金がかかると思って、場合によっては両親の遺してくれた遺産を少し切り崩そうと思っていたんだけど。
『あぁ、これなら一昔前に流行ったバイクだからな、部品もたんまりある。むしろ部品の在庫処分だ。唯ちゃんの知り合いらしいし、格安にしてやるよ』
『おいマスター。いい加減名前で呼ぶのは辞めろ』
なんて話を聞きながら、この初老のバイク野郎は、僕の父の形見を、こんなに綺麗に作り直してくれた。
でもところどころ僕の意見も取り入れながら作ってくれるあたり、仕事人って感じがしたなぁ。
『ほれ、この角度なら彼女のパンツが拝み放題だぞ。俺も若けぇ頃そうしていた』
『この変態め!』
ミラーの位置をそんな風に変える人、嫌いです。
『彼女用の座席には軽く突起を作ってだな…』
『あんた溜まってんでしょ』
思わず突っ込んでスパナで叩かれたり。痛かった。
面白半分真面目半分のヘンなおっさんだったけど、腕は確かなようで、あんなにさび付いていたドラゴンの心臓が、たちまち息を吹き返す。
小気味よい、単車のエンジン音。そして振動。
『なぁ兄ちゃんよ。名前は何て言うんだ?』
『理樹。直枝理樹です』
『理樹か。よし、理樹ちゃんよ、さっそく乗ってみてくれよ』
ちゃん付けか!僕のトラウマスイッチ押さないでください!
なんて凹みながら跨ったバイクは、まるで心臓のバイパスを猛烈なスピードで流れる血のように、躍動する振動と鼓動。
あまりに乱暴なハネウマ。ロデオマシーンにでも乗ってる気分だ。ただ違うのは振り落とされるような振動ではなく、地味に突き上げてくるソレ。
『理樹ちゃん、いいか。バイクは馬なんだ。馬は頭がいいから乗るヤツを選ぶ。事故起こすヤツなんざ、馬に嫌われることを自分からやっちまった大バカ野郎さ』
『飛ばせ飛ばせと蹴っ飛ばし、吹かせ吹かせとアクセルを吹かす。そんなモン、この鉄の心臓が喜ぶわけがねぇだろ。大事にしろよ、馬も自分も。死んじまったらそこまでだ』
そう言いながら脚を叩くおっさん。そこからは、鈍いプラスチックの音がした。
そんな風な素振りを、まったく見せない人だったのに。
『俺も馬に大概嫌われたもんでよ、それがこのザマさ。俺が阿呆なばっかりに、嫁さんも死なせちまった』
『…』
もう、言葉がまったく出てこなくて、どんな言葉を投げかけてあげればいいか分からなくて。
そんな彼は笑っていた。屈託なく、素直に。
『だからよ理樹ちゃん。あんなべっぴんさん彼女にしてんなら、絶対泣かしてやんな。半端な覚悟でコレに乗るなよ。レストアしてやった大バカ野郎との約束だ』
差し出される、油だらけの小指。紡がれる、僕の小指。
……でもちゃっかりお金取るあたり、やっぱり商売人だ。まぁ、こんな話してもらったんだし、コレくらいは…授業料にしては高すぎるけど。
ちなみにそのあと奥さんらしき人が『アンタまた人のこと死なせて…』と出てきたあたり確信した。ああ、僕はとんでもない先生に勉強を習ったんだ、と。


 ともあれ、レストアされたバイクの次は、免許だ。
これは両親に頭を下げて、遺産から少しだけ使わせてもらってトレーニング。14日で免許が取れるコースで無事に取得。
最初の頃はバイクを持ち上げるのも一苦労。筋肉痛のままバイトに行き、帰ってきて葉留佳さんの相手をする。
葉留佳さんが馬乗りになって腰を振るとき僕の手と腕を支えにするんだけど(この方が子宮近くまで僕のアレが届いていいらしい)、当然筋肉痛の腕だ。
ガクガクしてたまに葉留佳さんを不安にさせてしまった。でも彼女も優しいもので、それを察してくれると、ウインク一つ。
そのままお尻を僕に向けて、後ろからのおねだりだ。動物っぽくハメ狂いながら、彼女の膣の柔肉を蹂躙する。もちろん、あの一件以降は僕はちゃんと避妊してる。
でも後ろからハメる時だって決して腕を使わないわけじゃない。腰を掴んでパンパンするにも、後ろから胸を揉むにしても、腕力を使う。
やっぱり痛いものは痛いのだ。そんな日はさすがにマグロになってしまう僕なのだった。
そんな苦痛の日々も終わり、学科と実技試験突破して、晴れて免許に『大型』の文字が躍る。
……なんとその自動車学校では中型と大型がそんなに料金変わらなかったのだ。だから後々を考えてと思って思わず大型を取った。今は反省している。
免許取った日の夜のベッド。
『理樹君、おめでとう』
まだ熱を帯びた彼女の吐息が、頬をくすぐる。
僕のアレはまだ彼女の膣の中にいて、その優しい圧迫に、怒張を続けている。
抱きしめられながらの甘えちゃうセックス。僕はこの瞬間が大好きだ。
何かを頑張った後のご褒美みたいな気がして、どこまでも葉留佳さんに甘えたくなってしまう。優しさが愛しくて、彼女の乳首を口に含む。
『んぁっ…理樹、くんっ』
白い手で僕の後頭部を撫でながら微笑む未来の奥さん。おっぱいを吸われるのが嬉しいのか、この瞬間が大好きなのか、とても優しい笑み。
『明日は、ドライヴ?』
『葉留佳さんがどこか行きたいならいいよ。明日バイト休みだし』
『うん、それならね、海に行きたい』
『海?』
この間行ったばかりなのに?
おっぱいを吸うのをやめ、彼女の双眸を見つめると。
『海って大好き。ねぇ知ってる?すべての生命は海から生まれたんだよ?』
それはキリスト教神話なんだろうか。とにかく小さな頃からよく言われている。胎児の胚芽が確かに魚っぽく見えるってのもその裏づけらしいけど。
『そんな海に行くとね、どんなつらい事だって忘れられそうな気がするの』
彼女の体にある、無数の消えない傷。心は癒えていても、彼女はこれからこの傷を背負って生きていかなきゃならないんだ。
整形だって出来るのに、これをあえて背負っていこうとしている彼女。傷を撫でると。
『理樹君だって、私のわがままに付き合って、免許まで取ってくれた。変わってくれたんだもん』
『だから、私も。大切なあなたのそばにずっといたいから、生まれ変わらなきゃ。ほら。彼女になって最初のデートだもん。ね、付き合って?』
『…』
こんな風に思いをぶつけてくれるだけでも、僕は満たされているのに。
また彼女の乳首を口に含みながら甘える僕を、理樹ちゃんは甘えんぼでちゅね〜、とあやしてくれる可愛い彼女。
でも一つ訂正する。
僕は、変わりたくて免許を取ったわけでもないし、わがままに付き合ってる覚えもない。
あくまで、自分がそうしたかったから。そんなことで喜んでくれる人がいるのであれば本当に幸せな話だ。


 かくしてデートの日。
冒頭の時間軸に戻っちゃうわけだ。冒頭ってなんだ?
相変わらずヒラヒラ舞うスカート。スパッツのおかげでぱんつは見えないけど、なるほどあのおっさん、確かに見えるポジションを押さえてる。
実はサイドミラー以外に、絶対必要ないだろ!って位置にミラーが付いていたりする。葉留佳さんはバイクには言うほど詳しくないみたいだから、
きっとこのミラーの存在には気づかないはず。今度は少し長めのスカートのときに試してみよう。
ともあれ、太陽光を跳ね返すくらいギラギラのメタルブルーは、後ろに寄り添う彼女の微笑みをより綺麗に映えさせる。
この砂塵の混じった、キラキラの風を走り抜けるとき、僕は思ったんだ。
きっとこの先には、まだ二人も知らない何かが待っていて。
そう、ロールプレイングゲームと同じだ。この先にボスがいるんじゃないかって思ったら案外雑魚モンスターにやられて全滅とかね。
そこがエデンの園なのか、煉獄の炎の中なのか、それは先に進んで見なきゃ分からない。
ただ言えるのは、後ろに寄り添う彼女さえいれば、どこにいても楽園になる。
例えば明日どちらかが急にいなくなっても、迷うことがないように、後悔することがないように。今を精一杯生きよう、楽しもう。
父さんのバイクが、ふとそう囁いた気がして、僕は軽くブレーキを踏んで、途中の道に止まる。
「理樹君?」

---明日の忘れ物は、今日にある---

 「ねぇ葉留佳さん。今から話すことは、ぶっちゃけた話本気だけど、聞いてくれる?」
「う、うん?」
ヘルメットを外した僕が怖かったのか、別れ話なのか、と身構えたのか。こわばる顔。
答えは逆だ。ヘルメットをそこらへんに放り投げて、渾身の力で、彼女を抱きしめる。
「り、理樹君?」
「愛してる。葉留佳」
「…」
刹那の沈黙。そして。
「そんなの、最初から分かってるよ?」
「うん。でもちょっと不安になったから、確認したかったんだ」
「それなら、いつでも確認してね。理樹君が私に飽きない限り、私はいつだって、ここにいるから」
「うん」
「でも、呼び捨てにされて、少しドキッとした。も一回言って?」
「葉留佳」
「もう一回!」
「葉留佳!」
「もう一声っ!」
「葉留佳ッ!」
ドコのバカップルなのか、ってくらい、強く抱きしめあって。
「三枝、ううん。直枝葉留佳は、永遠に直枝理樹さんについて行きますですヨ」
彼女が可愛くウインクしてピースサインを出したから、ヘルメット拾って被って座席に跨る。
「もう絶対どこか途中で降ろすなんてヘタな真似しないからね?ノンストップ急行!」
「出発ー♪」
途中で止まって何て言われても、絶対止まってやるもんか。そりゃ、トイレ休憩くらいなら止まってあげてもいいけどさ。
「ずっと、こうして抱きしめて、ずっとこうしてしがみついて。あなたと同じ時間を、刻めますように」
乱暴な風が、ハネウマのようにバイクを揺らすとき、彼女が何かに祈ったのを、僕は聞き逃さなかった。
【終わり】


あとがき

投票で作ったSSをUPしないうちに後日談を書いてる相坂です。
ほんとーははるちんの誕生日にUPしたかったんだけど、間に合わなくてスマソ。
久々書いたSSだから結構あれやこれやと校正がいるんじゃないかな、なんて思ってます。ほんと箇条書きに毛が生えた感じ?
で、今後は楓の真似して良妻賢母な葉留佳さんシリーズを書いて見ようなんて思っている相坂でした。

【後で修正。寝るー。】