しかしまぁ、あんな話の後だと、彼女らに遭遇する可能性が非常に高いこの街だから、歩きがぎこちなくもなる。
「ふぅ。右よし、左よし、と」
本当に厄介な話だなぁ、神界の孕み酒ってやつは。後でおじさんたちに真相を聞かせてもらおう。
と、そこで足が止まる。
「そう言えば楓…」
勢いで部屋の前に放置プレイしてきたけど、大丈夫だろうか。
半分白目剥いて俺の子供を欲しがる楓。何となく、あれは微笑ましさやエロティシズムのかけらもない。
ある種の狂気と、拒絶した場合の最悪のシナリオ。それが胸の奥からモヤとなってこみ上げてくる。
「どうすべきかな…」
まず考えられるシナリオはこうだ。
このまま真っ直ぐ一旦芙蓉邸に戻った場合、次の瞬間にはほぼすべての理性がぶっ飛んだ楓に捕食され、
精力という精力は完膚なきまでに奪い取られる。それで済めばいいが、俺にはどことなく想像できた。
馬乗りになり、俺の首を締めながら、最後の粉まで絞り取ろうとする、狂った楓の姿が。
この歳で腹上死なんて珍しいことになるが、進んでしたいとは思わない。末代までの恥さらしモノだぞ。
「かといって戻らないと」
腹の減りが限界に達している。さっきからぐーぐー鳴り放題だ。
本当に着の身着のままで出てきたものだから、財布はあろうことか机の上。コンビニすら寄れない。
わずかな小銭もお茶を買うために使ってしまったため、今全財産はポケットの中の30円。
「チロルチョコで腹が膨れるんだったらそいつは相当な熟練者だぞ」
生憎そんな熟練者になる気はないから、俺はこれからどうしようかを真剣に考えるのだった。

 しかしまぁ、昔から言うだろ?捨てる神あれば拾う神あり。
その神様って奴が見知らぬ女の子ってのもあんまりにアレだけどな。
「あ、あの」
「ん?」
飢えのあまりすごい顔になっていたのだろうか。公園のベンチに座っていると、可愛い制服の女の子が近づいてくる。
バーベナでもストレリチアの制服でもない。恐らくここから2駅先の県立高校の制服だろう。
「こ、これ、どうぞ…」
差し出されたのは、コンビニの袋。
中には独特のオレンジの箱…カロリーメイトでも入っているのだろう。
「私、お腹いっぱいだから、これ、どうぞ…」
今時珍しいとても優しいお嬢さんだ!しかし、人間とは飢えが来ると大体の場合疑心暗鬼になり、疑いの心だけが先行する、と
昔戦争体験の講演に来た元日本兵のおじいちゃんが語ってたなぁ。俺もその例に漏れないらしい。
「……で、そっちの要求は?」
「…」
だからって女の子にこんな冷たいこと平然と言うか?俺。
まぁ実際、中にはカロリーメイトの2本入りが2つ、計4本。最初から4本入りパックを買わないのは、相坂さんも経験があるけど、
実際大きな箱をかばんに入れて持ち運ぶより、小さな箱をかばんと、いつでも食べられるように制服のポケットに一個ずつ携行したほうが
2時間目、3時間目に空腹が来た場合に余裕が生まれる、という年頃の女の子特有の慎ましさなんだろう。
210円で手に入るアイテムとはいえ、それをこんな中の上クラスの女の子が惜しげなく差し出してくることに、多少の違和感を感じつつ、
俺は耐え忍ぶことが特技だと自負しているので、とりあえず受け取らない方針で…。
『ぐ〜』
あぁ、クソ忌々しい俺の腹め!空気嫁!
「無理しちゃ、身体に悪いです」
「とは言うが、見ず知らずの人から善意を差し出されて、はいと素直に受け取れるか?キミの場合」
至極当然の質問に、彼女は。
「まぁそうですけど…でもごはん食べてないんでしょ?欠食児童に善も悪もありませんよ」
欠食児童とはまた古風な単語を使いこなすな。この子ホントに女子高生なんだろうか。
すると、彼女が笑顔で携帯を取り出し一言。
「でも、あえて条件出すなら、写メ、3枚くらい撮らせてもらっていいですか?土見稟さんですよね、バーベナの」
「…よく知ってるね」
「はいっ、それはもう!私の学校でも有名なんですよ?神にも悪魔にも凡人にもなれる男って」
「…」
麻弓辺りが出したネタが、そのまんま他校の知り合いとかを通じて流れてしまったのだろうか。
「まぁ、それくらいならお安い御用だよ。この程度の顔で申し訳ないけど」
「ううん。とっても素敵。ねぇ、土見さん。この写メ、友達にもあげていいですか?」
「あぁ。別に悪用しなきゃ何してもいいよ。任せる」
「やったぁ♪」
カロリーメイトの代償にしては高すぎる気がしないでもないけど、いいや。とりあえずシャッター音を聞きながら達観できる辺り、
俺もいよいよ毒されてきてるなぁ、と実感。
彼女は俺にカロリーメイトの入ったコンビニの袋を差し出すと、そのまま満面の笑顔で頭をペコリと下げ、スカートを翻して去って行った。
「…」
ふむ。ライトグリーンか。最近流行ってるのかな。
ともあれ戦利品に、と思ったけどやけに軽いな。4本ならもうちょっと重さが…。
「…」
全部開封されていて、中身ありませんでした。
「…ハメられた」
その女子高生はもう目の前にも、周囲20ヘックスにも、どこにもいなかった。
「…結局俺だけ損してるじゃん」
これなら普通に現金貰ったほうがよかったぞ。ため息をつきながら、ゴミをゴミ箱に叩きこむのだった。


Essence-キミと私のラヴジュース- 第2話『ありふれた日常の崩壊』


 「ふぅ。腹いっぱいだ。助かったよ、樹」
「やれやれ。稟らしくもないね。楓ちゃんみたいな極上美少女の作る朝食をバックレて、ファミレスのモーニングなんて。そんなに死にたいかい?」
恐ろしいこと言いやがる。死にたくはないぞ。こんな若さで。
「で、いい加減教えておくれよ、稟。楓ちゃんの朝食を拒絶した上に財布も持たず飛び出して、あまつさえ今日は休む、って理由をさ」
「…あぁ、それなんだが、今は聞かないでくれるか?」
「…何だって?」
樹、お前妙に勘がいいのな。女の子が絡むと。
正直、俺だって状況の整理がついていない。そして今自分にできる最大限のことが分からない。
だから正直、ここで樹に話しても、逆に怨嗟の声が強くなるだけ。何の解決にもならない。
その旨をだいぶ錯乱しながら樹に伝えると、奴は。
「まぁ、それは仕方ないよ。誰だって突然な現実に戸惑うことはあるし。気持ちの整理がついたら相談してくれよ。いつだって相談くらいなら乗るから」
「ありがとうな、樹」
「いいっていいって」
こんな奴が全女性の敵なんだぜ?信じられないだろ?
「で、やっぱり女の子つながり?」
「…」
「…そうかい。稟」
「なんだ?」
伝票を突き出し、一言。
「この恋愛ブルジョワジーめ!俺様のおごりとは言ったけど、予定変更だよ!俺様のおごりで払いは稟ね!」
「ちょ、おま」
前言撤回、やっぱり女が絡むとこれだ!全女性の敵で間違いない!
とはいえそれは冗談のようで、金がない、皿洗いとかウェイターとかさせてもらっていいですか?とレジで告げると。
『さっきのお連れの方が全額お支払いされてます』という回答が。うん、アイツはツンデレだ。間違いない。
男のツンデレなんて気持ち悪いと思いつつ、膨れた腹をいたわりながら、ゆっくりスピードで歩く俺。
時間はもう午前9時。学校はとっくに始まっているから、たぶんいつものメンツに遭遇する心配はないだろう。
…樹も今頃おさぼりモード全開だろうか。紅女史、すんません。


 「稟殿」
「ん」
芙蓉邸の手前までさしかかったとき、聞きなれた声に呼び止められる。
「マツリさん」
「先程は失礼いたしました。新たな情報が手に入ったので、疾風迅雷となりて駆け付けた次第です」
「そこまでしなくていいから」
さすが隠密。なんてことを考えながら、とりあえず隠密という立場上、ヘタに目につかないところに移動する俺たち。
「この木陰なら大丈夫だろう。で、新たな情報って?」
「えぇ。先日護衛を行っていた隠密から、酒の銘柄とその効果の称号を一切合財行ったのですが…事情が思ったより厄介で」
「厄介?」
今でも十分厄介だが。
そんなのは承知の上だろう。彼が語り始める。
「今回使用された孕み酒。それは彼女が目撃した銘柄表示や瓶の特徴、香り、色、味の特徴から察するに」
「ちょっと待て。隠密って女の子なのか?」
無用な茶々を入れてみる。が、それにもしっかり答えてくれるマツリさん。
「えぇ。その辺り無頓着に近いシア様とはいえ、仮にも神王女殿下。どのような事態にも対応できるように、女性が基本です」
「じゃマツリさんは特殊なのか」
そのセリフに、一瞬マツリさんの顔が曇るが、また何もなかったかのように穏やかな顔に戻り。
「まぁ、それは追々教えて差し上げましょう。さすがに密偵や隠密の話は、そう簡単に漏らしていいものではありませんので」
「それもそうか」
相槌を打つと、話が続く。
「さて。その孕み酒なんですが…大吟醸『国士無双』かと思われます」
「なんだその麻雀の役みたいな名前」
「それだけ凄まじい威力、という意味なのでしょうか。私は縁遠いはずのものなので、名前の由来までは存じませんが」
その能力を話し始める。

 「孕み酒は神界において毎年初夏に収穫される、こっちで言うところのオレンジに似た果実を使って作られるのです」
その品種名はとても長いので、通称H.O.Eと呼ばれるとのことだが。
「そのH.O.Eには古の時代より、とある恐ろしい能力が見出されていたため、扱える農家と酒造は、神界に3つしかありません」
「ほう。そんな恐ろしい能力がありながら潰さなかった神界も神界だけどな」
「ごもっとも。まぁ、事情は先日お話しましたから、簡単に潰すことが出来なかったのもあります」
「で、その気になる恐ろしい能力って何だ?」
「……」
そう。それが一番重要なことなのだ。それ次第では、俺がこれからすべきことも変わってくるワケだし。
「……これは、正直お話ししたくなかった。絶望せず聞いてほしい。約束して、いただけますね?」
「……」
不安がないわけではない。だけど、聞かなければならない。それが俺に出来る最大限のことだとしたら。
「いいよ。約束する。教えてくれ」
「…婿殿がそこまで仰るのなら、話さない理由がありません」
「…」

 俺は、耳と脳を疑った。
「なん…だと…」
「……脳内麻薬分泌作用。大吟醸に使用されるH.O.Eは、その能力値が標準の5倍を指し示すことがほとんどなんです」
彼が言うには。
脳内麻薬……ある種の神懸った洗脳作用が抜けることはなく、孕ませただけでは止まらない。妊娠中も相手を求める。
出産が終わってもすぐさま新たな生命を求める可能性というのが凄まじいというのだ。
「そしてその脳内麻薬分泌作用は、相手に対する想いに依存するのです」
「…」
つまり、その少女が相手の男…この場合は俺…を求める気持ちが強ければ強いほど依存性は向上し。
「抜け切るのに時間はかかるでしょう。フラッシュバック…再燃の可能性だってあります。そして万が一相手にされなかった場合」
その少女が選ぶ道は、相手にしてもらうまで、場合によっては衰弱するまでおねだりを繰り返し、狂気となる。
一度壊れた精神は戻すことが容易ではなく、文字通り子供を産むための機械、ただの廃人となってしまう。
昔その発言で内閣を追われたおっさんがいたけど、まさかそれを平然と作れる酒が存在したとは。
「楓…!」
俺の心の不安が的中する。楓の無事を確認するため、俺は走り出し…。
「婿殿。話は最後まで聞くべきですよ」
くるっ。
俺の体はいとも簡単に天地が逆転する気分を味わった。
「え」
「ご安心ください。とりあえず芙蓉のお嬢様は無事を確認しています。あの後も稟殿の部屋の前で自慰に浸っておられましたので」
少しばかり眠っていただきました。今は発作的衝動も止まり、安静にしているころでしょう。
その言葉に一安心する俺。しかし。
「ただ安心ならないのは、副作用のほうですね」
「今それについては話してくれたじゃないか」
「…」
首が横に振られる。では。
「もうひとつ副作用がある、とでも言うのか?」
「…」
こくん。静かに縦に振られる頭。
「脳内麻薬分泌作用は、その直接的な効果でしかありません。もうひとつ、間接的な効果があるのです」
「…」
もう今さら何を聞いても驚かないぞ!
さぁ、どーんといこうや!なんて構えていると。


 「…これはだめかもわからんね」
「稟殿、いささか不謹慎かと思います。自重されたほうが」
「あぁ、ごめん」
その間接的な効果に、俺は軽く自殺したくなってしまった。
「大吟醸限定での間接的な作用。それは、同類を集めるフェロモンを、脳が身体に生成するよう指示し、それが分泌されることです」
「…」
同類を集めるフェロモン。
直接この酒を飲んでいなくても、飲んだ人間を媒介にして、フェロモンが放出される。
それは、風邪のように空気感染し、誰かの体内に入って、そして。
「ってそれ俺がすべての女の子を俺のものにするフラグじゃないか!」
「いえ、その心配はないですよ」
「え」
ちょっと残念だけど、話を聞くと。
そのフェロモンは確かに空気感染するが、発症するには条件がある。
「少しでも稟殿の子供を孕みたい、もしくはそれに値する感情を持った人のみが感染するのです」
通りすがりの不特定多数に感染することはない。また理論上、好きとかかっこいいとか、その程度の感情では発症は見られなかった、とのこと。
「……」
「それでも、既にシア様を筆頭に、接触した方々が稟殿の子種を求めて徘徊するのは時間の問題です」
「腹を決め、彼女たちをすべて孕ませ、地獄のような世界から救い出すか、それとも逃げ切るか」
「…」
逃げるなんて、今さら俺にさせるのが酷ってものだ。
「稟殿?」
「……逃げはしない。だけど、彼女たちが納得しない孕ませなんて俺はしない」
「なら、今の状況を静観するのですか?精神が壊され、彼女たちが廃人になってもなお」
「そこまでは言っていない!」
正直俺には分からない。ここまで愛されている理由も、産んでくれる理由も。
久々に再会した桜や、シア、ネリネ。昔からの腐れ縁の亜沙先輩や楓、麻弓にカレハ先輩。
そんな彼女らが、なぜ俺なんかを。
気持ちの整理はつかない。だから、納得できない。
「すぐに廃人になるわけじゃないんだろ?だったら、もう少し、気持ちの整理をつけたいんだ」

 そんな俺に、冷酷な言葉。
「ならばもし、ここで踏み切らなかったために、彼女らが皆一様に、子を産むためだけの廃人となった場合、貴方はどう責任を負われるのですか」
「まして我が主君である神王女殿下、シア様にもしもの事があった場合、私は、あなたを殺さねばならないでしょう。どんな事情が背後にあろうと」
「…」
言われてみればそうだ。俺はみすみす、マツリさんの主君の身体と心を危険にさらしているようなものだから。
とても胸張って一生責任負います、なんて言えない。その程度では足りないと知っているから。
「だけどこのままなし崩し的に彼女たちが妊娠して、産んだ後正気を取り戻して、もしも産んだことに少しでも後悔を感じてしまったら」
妊娠すれば、当然学業も、遊びも、趣味嗜好も、あらゆるものが制限を受ける。
そうなったとき、本当はあぁしたかった。今が幸せだけど、本当はもう少し、こうしたかった。そんな後悔を背負わせたくない。
「そんなことになれば、俺は俺を、俺の子種を、許せなくなってしまう。だから」
「廃人になった場合は、年老いても俺が面倒をみる覚悟だ。だから、即答だけは待ってほしい。必ず、答えは出すから」
その返事に、忠実なる忍は。
「…婿殿らしい、立派なお答え。少し安心しました。稟殿がそこまで考えておられるのでしたら、私はあえて何も申しません」
どうか、その前途に光あらんことを。
気がつけば、マツリさんはいなくなっていた。
「……」
「よーし。まずはおじさんたちに事情を聴きだすか。すべてはそれからでいいだろ」
待ってろよ、親バカツインズ!なんてぼやきながら、俺は、家に続く道を歩き出したのだった。


あとがき

 さて、次回から徐々に徐々にエロくなっていく予定です。
孕み酒みたいなものが世に存在したら、あたしもあの人の赤ちゃんを…。
ちょっとあんたたち、とりあえずシベリア送りとガス室送り、選択の自由は許してあげる。

ちょっと説明っぽい話が続いていますが、まぁたぶんこれで説明はほぼ終わり。後は彼女たちがどう動くか。

ちなみに現状、この作品での彼女らの想いの強さ=脳内麻薬分泌量が多いのは

楓>>>桜>>ネリネ=シア>>亜沙>カレハ>>麻弓

という形になっています。当然この数値が大きくなれば大きくなるほど、エクスタs(ry
稟くんがどんな答えを出して、彼女らを身重にするか、もしくは徹底して逃げ切るか。すべては、我が手のひらの上に。
相坂でした。

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