外が雨でも、僕らの活動には制限なんてない。
むしろ、そのほうがいいじゃないか。青春に制限なんて必要ないんだ。
今できることを最大限にしておかないと、いつか振り返ったときに怖くなると思う。
例えばそう、今まさに謙吾と共同作業で出来上がったこのネガたちだって、その気になればなかったことに出来る。
でも、なかったことにして、シャッターを切った1時間前の僕は、10年後の僕にどう言い訳をするんだろう。
「理樹。とりあえずこんなものだろう」
「うん」
一眼カメラ、初代オリンパスペン。そのいい塩梅に仄暗く、濃淡が分かれ、古臭く不気味さすら感じる色合いに、僕は息を呑む。

 ここは、地下1階と1階の間にある暗室。
昔まだこの学校にオフィシャルとして写真部が存在した頃、学生たちは撮影したネガをここで現像し、そして展覧会などに出展していたという。
僕らが入学する10年くらい前、おバカな生徒が女子水泳部の更衣室を1000ミリ望遠レンズで盗撮し、それがバレて即御取り潰しになってからは、
誰も使うものもおらず、折からのデジカメ人気に負けてとうとう生徒はおろか教師からすら忘れ去られたという。
ここだって、恭介がノリであーちゃん先輩…前女子寮長に聞いて存在を明らかにするまでは誰も鍵すら持っていなかったそうだから。
そこに踏み込んだのはかれこれ2週間前。二木さんにお願いされて部活動の紹介写真を撮影に行った後のことだ。
当然中はクモの巣が張り放題、カビも酷く、とても使用には耐えず、僕らはまずその地獄の清掃から入るハメになったのも今思えば懐かしい記憶だ。
そして当然僕らはデジタル世代。こんな暗室での現像なんてやったことがない。
幸い実家が剣術道場なのに写真好きが高じてついつい暗室まで作ってしまったお父さんのおかげで、暗室の使い方や液の使い方など
見よう見まねで覚えていた謙吾が、それとなーく試行錯誤しながら挑戦。なんとかカタチになるまでに成功し、そして今。
「で、なんで三枝の尻なんだ」
「てへへ」
そう。
葉留佳さんの、ぱんつに包まれた丸くて可愛らしいお尻の写真。
1枚目はお尻のドアップ。そして2枚目は全景。少し振り返り気味、小首傾げてウインクしている葉留佳さん。手はスカートを捲り上げ、可愛いぱんつを
外気に晒している。3枚目はぱんつを食い込ませてお尻を見せている写真。文字通り、本人同意とは言えポルノ写真だ。
「質問に答えろ理樹。事情によってはネガと写真をなかったことにしてやる」
「待って謙吾。これは大事な作戦なんだ」
「だからそれを言えといっている!」
もう、すぐ激昂するんだから。ハゲるよ?
そう言って暗室に誰も入ってきていないことを確認して、謙吾の耳元で囁いてあげることにする。
って謙吾、顔を赤らめないでよ。ホモお断りだよ?
「…理樹、それは正義と言えるのか?」
「正義も何も。そのためにこれくらいしか出来ないけど…って言って協力してくれたのは葉留佳さんだし」
「…三枝が自分から汚れ役を買って出たのならそれは仕方ない。だが理樹、そこで道を正すのも男ではないのか?」
まーた始まった。謙吾の魁!男論。
言っちゃ悪いけど暑苦しいよ。ただでさえ暗室は熱が篭りやすいんだから。
「謙吾。でもこれから夏、こんな暗室で作業すると思えば、多少快適なほうがいいでしょ?」
「俺は気にしない。むしろ仲間の身を案じる」
「大丈夫だって、交渉以外には利用しないって約束する。ネガだってこれが済んだら謙吾に渡すよ。それでいいでしょ?」
「…」
「今だけ見逃して?」
「…俺は今日、一人で素振りをしていた。直枝理樹とは会っていない」
さすが謙吾。話が分かるね。
だから、僕も言うんだ。
「僕は今日、二木佳奈多と交渉をするため生徒会室にいた。真人や謙吾とは話す時間がないくらい熱の篭った議論だった」
ニヤリ。謙吾がニヒルな笑みを浮かべたのを合図に、僕らは熱い握手を交わす。
「成果、期待しているぞ」
「任せて。恭介仕込み、並みじゃないことを見せ付けてくるから」
かくして僕は手を振る謙吾に後ろ手でバイバイを送り、明るい空の下へ飛び出した。


『例えばそれがチートだとして』


 「直枝。私忙しいんだけど」
見れば分かる。もうすぐ生徒総会が開催されるということもあり、各クラスから上がった議案などを生徒会役員が丁寧に仕分け。
そしてあーでもないこーでもない、と議論をしている中にノックナシで入ったから、僕すんごいアウェー感。
「それでもちょっとお話があるんだ。お願い、10分だけちょうだい!」
「ダメね、5分」
「もう一声!」
「8分」
「乗ったッ!」
それだけ言うと僕は、物分りのいい二木さんの手を取り、隣の空き教室に飛び込んで施錠した。
「っと直枝!ちょっと出口開けなさいよ…」
「でも顔を赤らめてうつむく辺りまんざらでもない二木佳奈多なのであった、マル」
「な・ぐ・る・わ・よ!」
テンポ良くぐーぱんのスタンバイをするところで、まず普通の写真を出す。
そう、この間の部活動紹介の写真だ。
「あ、これを渡したかったの?」
至極残念そうだけど口調は仕事。んー、ツンかな可愛いよツンかな。
「ん。まぁね」
「でも遅すぎよ。次の新聞に載せる予定が次の次にずれ込んじゃったじゃない」
シメた。今がチャンス。僕のリバーストラップが火を噴く。
「ん。でもしょうがないよ。デジタルカメラがないんだし。んー、こんなときデジタル一眼があればなー」
わざとらしく話を振る。二木さん、案の定な顔をする。
「バカ言わないでよ。予算はギリギリなの。正直、棗先輩のヘンな思いつきとあーちゃん先輩のお願いがなかったら、予算なんて本来ないんだから」
それもそうだ。
写真デスク『リトルバスターズ』の成立にあたり、葉留佳さんのために職権乱用した二木さん。
まず活動部員数が4人と規定人員を満たしていないにも関わらず文化部部室棟の一室を占拠していた軽音楽同好会を強制お取潰し、その部室に
長机をはじめとする部活動に必要な機材やネガ保管用の金庫など、確かに寄せ集めではあるけれどあらゆる機材を融通してくれた。
挙句の果てにギリギリであったにも関わらず部費申請を好意で上げてくれたおかげで、部費を使ってレフ板や簡易フラッシュ、間接照明などを
購入することが出来た。その業者の斡旋だって二木さんの尽力によるものだ。

 これだけされれば、デジタル一眼レフなんていうぜいたく品を導入してくれなんてワガママが通用しないのも分かっている。
でも、事態は急を要す、と言うことだって事実なのだ。
まず、来月には高校総体が開催される。僕らも当然生徒会直轄部隊として各地の撮影に従事する。あ、僕テニス部女子の撮影と水泳部女子の撮影に参加しますブヒヒ。
当然これまでの暗室ではまかないきれないレベルの写真が押し寄せる。そして当然、ピンボケや露出不足だって出現するだろう。
そうなれば、僕ら写真部の存在意義は?アンスコのお尻は?競泳水着の食い込みは?
そんなことがあるから、せめて1台だけでもいい、型落ちでもいい、デジタル一眼レフを納入して欲しいとお願いしているのだ。
「ムリなものはムリよ。大体先生方にどう説明すればいいの?ますます目を付けられて葉留佳の居場所がなくなるじゃない!」
「…その葉留佳さんがね、こんな写真を撮ってって言ってきたんだ」
そこで、僕は件の写真を出す。それは、一瞬にして、二木佳奈多の心を砕く。
「な、直枝…これって…」
「…僕は止めたんだよ?葉留佳さんは大切な仲間だから、こんなこと、彼氏でもない男にお願いしちゃダメだよって」
まぁ、彼氏であっても二木さんが謀殺すると思うけどね。
「直枝…」
「デジタル一眼レフを納品してもらうためには、これくらいしなきゃって自分からお尻を晒してくれたんだ」
「デジタルならこういうのも失敗なく素早く確認できて印刷できる。手間を考えれば絶対そのほうがお姉ちゃんも納得してくれるから!って」
「葉留佳…」
うわー、悲壮な顔。これオカズに4回はヌけます。グフフ。
ともあれこの策は色んな危険が伴う。場合によっては二木佳奈多が暴発し、僕は性犯罪者として豚箱送りになることだってあり得た。
どうやらその心配はなさそうだけど。
「…分かったわ。葉留佳の苦労をムダに出来ないもの。気付いてあげられなかったなんて、姉失格ね、私」
「ううん、僕のほうこそゴメン。こんなこと、二度とさせないから(棒)」
いいえ、します。最後はぱんつの内側まできっちり撮影する所存でありますはい敬礼!
そんな僕の気持ちを察しているのかいないのか、ともあれ二木さんは。
「直枝。今後こういう撮影をするときは、私を立ち会わせなさい」
「え」
なんだよこのシスコン姉。妹のパイオツでも揉み揉みハァハァしたいのか?
「NGって言うところはNGを入れさせたいのよバカ!これ以上嫁入り前の妹の身体を好き勝手にさせてたまるもんですか!」
乱暴に鍵を開けて廊下に出て、それでも顔だけ出して一言。
「写真、もらっとく」
「ん」
「1台だけだけど、型落ち品でも見つかれば2台とか納品出来るかもしれないから、期待しないで待ってて」
そして、ジャスト8分、二木さんは隣の生徒会室に戻っていった。
「…ありがとう、二木さん」
そして、後日、型落ち品とは言えそこそこのグレード、キヤノンのEOS KISS X2 WKITが2台、リトルバスターズに納品されるに至った。
二木さん曰く、資金繰りにかなり無茶な極秘会計を使ったとの事。おだてると照れくさそうにうつむく二木さんも可愛かった。うん。
オカズに2回ヌかせていただきましたムフフ。


 「理樹君、よもやあの二木女史を交渉のテーブルに着かせたばかりではなく、カメラ2台もくすねるとは、なかなかの策士だな」
「えへへ」
仲間たちの賞賛が痛い、あぁ、僕英雄みたいだ。もっと褒めて。
すると、何を思ってか西園さん、スカートの中に手を突っ込むと、ゴソゴソと動かし、白の無地のぱんつを膝まで下ろして、そのままお尻を露出し。
「…こうするだけで、三枝姉はわたしの虜。安い商売です」
「残念だけど西園さん、ぶっちゃけ2回も同じ手段が通じるとは思っていないから」
だからその尻隠せよ。他に男子部員がいないからいいけどさ。
今日は謙吾は剣道部の指導に、真人は準部員の笹瀬川さんの依頼でソフト部の千本ノックのバッティングマシーンになっている。
笹瀬川さんは今度の高校総体が終われば、後は後輩に引継ぎをして写真部に合流してくれるらしい。勿論モデルだ。ヌードの。
でも待てよ、あんな貧しい身体、頼まれても撮影したくないな。かなりキワどいカラミを撮影したいかもしれない、謙吾辺りで。
ほら、西園さんも貧相な胸と身体してるしさ、なんかこう、抱いてたまらねぇって思える身体でもない限り、やっぱり売れないと思う。
いや売らないけどね。
そういう意味では、葉留佳さんは肉付きも良くて、正直撮影しているのが楽しかった。また今度お願いしてみよっと。
「ってことで、カメラ担当を決めるね」
「まぁ一台は理樹君だろう。功労者だし異存はない。問題は」
もう一台だ。
リトルバスターズ的スクープ探しは、二手に分かれての奇襲攻撃がメインだ。
つまり機動力と独創性、画期的なアイデアに富んだ人物でなければカメラは任せられない。だが。
「私はぶっちゃけ面倒くさいのはごめんだ」
来ヶ谷さん、一眼レフとか重たいものぶら下げて動き回るのが億劫らしい。
なんだよ、鎖骨の下に90cmの脂肪の塊ぶら下げてるくせに。今更1キロくらい増えても痛くもかゆくもねーだろ。
なんなら苦痛にならなくなるまで揉んであげようか、なんて。殴られそうだから絶対言わないけど。
「順番にやっていくとしたら」
小毬さん:落として壊すドジやらかしそう。
鈴:活動に顔出さない時点で最早論外。
葉留佳さん:落としはしないと思うけど何かいらんことに使いそう。
クド:機動力には富んでいるかもしれないけど小さな身体にはちょっと荷物。
西園さん:コンデジ既に持ってます。

 「壊滅的ではないか我が軍は!」
「…いつから軍になったか知りませんが、直枝さん風情に言われると屈辱です」
うっせバーカ!ぱんつ脱がして縛って廊下に晒すぞ!
なんて鬼畜なことを言えない僕だから、やっぱり来ヶ谷さんに…いや待てよ。
「ねぇ葉留佳さん」
「んー?あー!もしかしてはるちんに貸してくれるの?」
「う、うーん、似たようなものかな」
「?」
首を傾げる葉留佳さんだが、すぐに意図を汲んでくれる。
「お姉ちゃんに貸す?」
「っていうか、お姉ちゃんを勧誘してきてください」
「ハッキリ言い切るな少年。おねーさんの高感度がグングン上昇中だ」
いやーそれほどでもー。
ぶっちゃけ葉留佳さんと二木さん、異なる二つの音色が奏でる写真はエクスタシーだと思うんだ、だから。
「んー。それじゃーね、理樹くん、はるちんと旅行行こう?それならその条件呑んであげる」
「な」
だからいちいち空気を凍らせるのやめてください。うん、これ半ばマジで。
「正直ね、部と理樹くんのためとは言えお尻出すの恥ずかしかったんだから…責任とってお嫁さんにしてくれなきゃ、ヤなんだから」
おとめちっくな空気出してもダメです。ダメなものはダメ。
「理樹君、ここで頷かないキミはヘタレの鬼畜ド腐れ野郎と罵られて射精しても仕方のない救いようのないクズだぞ」
「ひどいや」
「もっとも頷けば私がキミを殺す」
「救われねぇ!」
ちょっと。どんどん僕のキャラが壊れている気がするんだけど気のせいだろうか。
コンビニが好きなのは昔からだと思うし、うん、大丈夫。りせっとりせっとー。
「ということで、旅行は諦めるけど理樹くん、日曜日、ちょっと顔貸して?」
「…所謂デートというヤツですね。面白そうです」
「あ、みおちんも来るー?」
「…(コクン)」
これが女の連帯感なのか。困るね先生、とても。
つまり葉留佳さんの要求をまとめるとこうなる。

1.二木さんを部活に勧誘するにあたり全力を尽くす代わりに、今度の日曜日ショッピングに付き合え。
2.なお自動的に来ヶ谷さんと西園さんも参加。うわー、これ僕女装フラグバッキンバッキンに勃ってるネー(棒
3.撮影もあるのでカメラ持参。

 仕方ないから生返事をしつつ窓際に立つ。
すると、そこから見えたのは。
「小毬さんだ…」
そう。小毬さんだ。
でも小毬さんがいるのは別に問題じゃない。学生だから当たり前。でも。
その横には、卒業したはずの恭介。
校門の前で楽しそうにおしゃべり。そして。
小毬さんから、恭介の唇にキス。
樹に残っていた桜が一気に散るように、僕の心は空虚で蒼白になる。
それを見かねた来ヶ谷さんがそばに立ち。
「…1週間前からお付き合いを始めたそうだ。小毬君、幸せそうではないか」
「…うん」
なんだろう、この締め付けられる感。
同じく見かねて、葉留佳さんが後ろから抱き締めてくれる。
「こまりん、自分から告白して想いを伝えて、恭介さんに振り向いてもらえたんだって」
「…」
「いいなーいいなー」
そして、腕に力を入れて、こう言うのだ。
「理樹くんもね、一人だけを選べとは言わないよ?でも、誰かしらを選ばないと、愛さないと」
こんな風に、モヤモヤした気持ちになって、誰も好きになれなくなっちゃうんだよ?
優しい柑橘系のコロンの香りが、鼻腔をくすぐる。
「それもそうだな。誰かを選ばなかった理樹君にモヤモヤする資格はない。人の色恋沙汰を邪魔する輩は馬に蹴られて死ぬのがお似合いだ」
グサッと突き刺さるなぁ、今日は。
長いようで短いキスが終わり、うっとりする小毬さん。その頭を撫でて恭介は去っていく。
「…僕にも教えてくれないなんて、ズルいや」
「弟分だから余分にこっ恥ずかしくて言えなかったんだろう。察してやれ」
来ヶ谷さんの言葉だって、今の僕にはフォローになりそうもない。
「だからまぁ、元気出して!これあげますヨ」
柑橘系とは違う、甘い香りの、少し湿り気がある布が、僕の顔を覆う。直後。
「みおちん!」
「…合点承知。パシャ」
シャッターが下りる音が数回。そう、葉留佳さんの脱ぎたてぱんつを被せられた変態仮面直枝理樹の写真が撮られていた。
「これで万事解決ですヨ。ぱんつはあげるから好きに使ってね♪」
「いらないからぁぁぁぁぁああ!」
直後、部室に打ち合わせに来た二木さんと鉢合わせし、僕の処遇が危うく職員会議まで行きかかったことはまた別の話にしておく。
…いい香りだったなぁ。
……うっ。
………ふぅ。
お前ら、ぱんつなんてただの布だぜ?


あとがき
ってか写真部というよりなんか違うゲームの脚本になりつつある現状が怖い。
いよいよ一眼が手に入り、これからストーリーが動くはず。さて、こまりんの恋の行く末も気になるところです。

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