散々迷ってさ、君が選んだサボテンだってそう。簡単にダメにしてしまったなぁ。
愛情注いでいれば、花も咲くと信じ込んでた。


終わった季節を悔やみながら書いてみる曲SS『アカツキの詩』 music by スキマスイッチ
※このストーリーでは奇跡は起こらず、
恭介たちは既にこの世の人ではありません
 
その展開に向き合う勇気がない方は、もう暫く閲覧を控えてください












 すっかり荒れた部屋。でも見慣れた光景。
もう誰もとがめる人はいない。ため息がこぼれるだけこぼれて、もう出すものは尽き果てた。
明日にはこの町を出て行く。もう守るべきものなんてどこにもない。生きている意味すらない。
寂しさと未練を残したまま、ここを巣立っていくのだから。

 転落したバス。救えるはずだった命。
理樹はそれを救えなかった。救わずに逃げた。親友である恭介の妹、鈴の手を引いて。
うめき声、少しずつ漏れ始める助けを求める声と、これから死に逝くものたちの嗚咽。
それらを全て、直後の爆発が奪っていく。大好きだった仲間達が、簡単に炎に包まれていく。
ガソリンを伴う爆発の火の粉は、どれだけ彼らに苦痛を与え、死に追いやったことだろう。
皮肉紛れに、彼らのバスの先頭を走っていたバスの生徒が言った。
---火葬場と火葬代が浮いて、良かったじゃないか。
理樹はその生徒を殴った。顔がはれ上がり、喋れなくなるまで殴り続けた。
その生徒の両親が社会的な地位のある人物だったため、学校側も対応に苦慮した。
優等生から一転、暴力生徒のレッテルを貼られた残りの1年半あまりはあっという間に過ぎる。
身体のキズは簡単に癒えたが、心の傷は未だに癒えない。
2年の夏休みを病院の無機質な天井を見つめ過ごし、復学しての暴力騒ぎ。
誰一人彼を省みてくれる人はいなかった。彼には味方になってくれる親も、親族もいなかった。
そして、彼以外の唯一の生き残りで、兄と慕った親友の妹も、心を開かなくなった。
彼女は今も、眠り続けている。音も景色もない、悲しい暗闇の中で。

 そんな彼女を置いて、明日卒業する。
卒業後の進路は決まっていた。勉強する以外、彼に存在を証明するものはなかったから。
東京の有名な大学に合格していた。しかし冷めてしまった理樹は、そんなの当たり前だと受け止めた。
いつか数学を一生懸命に教えてくれた髪の長い、笑顔のお茶目な女生徒がいた。名前はもう覚えてない。
思い出そうとしないだけなのだろうが。その人がいたおかげで数学はある程度できるようになった。
思えばいろんな人に助けられてここまで来たのに、その助けてくれた人を誰一人覚えていない。
…記憶の中から、アンインストールしてしまって。


 「…」
新聞記事で知った。
かつて事故があった場所でまた人が死んだと。
今度は飛び降り自殺らしい。たまたまいい塩梅にガードレールが無くなっていて、衝動で飛び降りたのだろう。
そこからは、何気ない日常を謳歌していた人々が突然落ち、その下で、生きたいと願った多くの人が地獄の業火に焼かれながら死んだのに。
「あれ…でも、誰だっけ、死んだの」
もう理樹には断片的な思い出しか残っていない。心は壊れてしまったから。
そうして寮の部屋の外を見る。窓の外には所在無さげなサボテン。
これは、大好きだった女生徒がくれたものだ。名前は覚えていないが。
その人がいなくなった後、一生懸命になって水遣りをした。まるで彼女の分身であるかのように。
だけど、それも簡単に腐って枯れてしまった。元々サボテンが乾燥した地域の植物ゆえに、水を与えすぎたのだ。
愛情を注ぎすぎたため、その愛情が大きすぎて、命を奪い去ってしまった。

 だけど、理樹はもうそれすらも覚えていない。
寮の彼の部屋は、かつて誰かがいた。ルームメイト。大きな身体でやけに暑苦しい男だったというのは覚えている。
『なぁ理樹よぉ、いつものやつ頼む』
『ちゃんと自分で解かないと、身に付かないよ?』
そう言って結局見せていたことは覚えている。なのにその顔が思い出せない。
部屋にあったものは大事な遺品だとして既に遺族に返還されていた。
彼の遺族はその明らかに写しただけのノートでも、後生大事にすることだろう。
そして理樹が病院から出てきたとき、直枝理樹という名前の隣にあったプレートはもうなくなっていた。
その頃は覚えていた、確かに。
だけど、次第にそれを忘れ、失っていく。気が付いたら最初からそこには彼の居場所しかなかったことになっていた。
何かをどこかに置き忘れているだけなのに、それだけでも空虚に感じる。
しかし行動は起こさない。
もう、終わった過去はどうしようもないし、どうにかできる力はないと言い聞かせる。
「もう僕は僕じゃないんだ。昔の僕じゃないんだ」
昔の弱い自分ではない。これからは一人で強く生きていく。
「あれ…」
強く、生きる?
誰かに誓った、そのフレーズ。
誰にだっけ。
誰。
誰。
誰。
誰。
誰っ!
理樹の心がまた蝕まれ、そして暴れだす。
この行動も日常茶飯事。彼が壁に開けた穴の数がまた一つ増えるだけ。
机にも傷がつき、何もかもが割れる、砕ける。
まるで、何も覚えていない、何も気付いていないことへの苛立ち、歯痒さをモノにぶつけるかのように。
彼はこれからも、この爆弾を背負い続けることになるだろう。今のままでは。
堕ちて、いくだけ。


 「部室には、お別れしませんの?」
「…部室?」
彼女…笹瀬川佐々美は、理樹の彼女だ。
理樹は彼女を特別疎ましく思っているわけではないが、恋人とは思っていなかった。
都合のいいときに甘えられる、セックスフレンド。
そして、佐々美も教師から言われていた。理樹にあの一件を思い出すようなことは言うな、と。
だから彼女は何も知らない振りをした。彼女も忘れてしまった振りをした。
---あなたの大切な人たちは、忘れ去られたら本当に死んでしまうのに!
そんなおせっかいを言うこともない、身体だけの淡白な付き合いも、今日で終わる。
卒業証書を貰った時点で、二人の進路は別々になる。
ソフトボール部がある大手企業に就職が決まっていた。
大学への進学も考えたが、ソフトボールの強い大学に心当たりはなく、むしろ近道と思い、そのルートを選んだ。
住む地域がまったく変わる。だから、理樹とは会うこと自体もうないだろう。
そんな彼女の、彼女らしい最後のおせっかい。それは、理樹をもう一度部室に向かわせること。
「部室も覚えていないんですの?本当にだらしない人。忘れるにしてはあまりに酷くありません?」
「…」
理樹は何を、と言いながらうつむく。そして佐々美に擦り寄る。
「それより、しようよ」
それは、理樹の誘い。何もかもを捨てた男の、身体を求める誘い。
理樹が可哀想で、その場の勢いで抱かれて交際をスタートさせた。
そしていつも流されて彼に抱かれていた。
だけど、このままでは理樹が壊れてしまうから。
「いつまで、鏡越しの自分を見ていれば気が済むのかしら。綺麗な自分でいたい?傷つかない、傷つけない自分でいたい?」
「…」
何を言っているのか分からない理樹の背中を押す。
「抱くだけならサルでも出来ますわ。でも、あなたに出来ることは、それだけじゃないはず」
「…」
おせっかいだ、と振り払おうとする手を掴む。

「わたくしが、そして皆さんが見ていたのは、紛れもなく直枝理樹という人物。それに違いはありませんわ」
皆さん?みんな?
その手を振り払う前に、手がドアノブにかかる。
…いつの間にか、部室棟まで押されて来ていたらしい。
「ここ、ソフト部の部室じゃない」
「えぇそうですわよ?ソフト部の部室にあなたなんて入れるわけありませんわ。ここは、あなたが帰る場所なのですから」
「…」
かえる、ばしょ。
掴むドアノブ。開けるドア。何かが、見える気がした。

 壁に貼られた、一枚の写真を見たとき。
理樹は、失くしたものが何なのか、一瞬理解できなかった。
帰る場所。そこには確かに仲間達がいたのに、今は最後に見たときより埃を被った空間しかない。
…最後に見たとき?
そうだ、最後、最期、サイゴ。
僕らは、確かにこの空の下にいた。
この空の下で、手を取り合っていた。
一つの輪になって、みんなで笑い合っていた。
この景色、この風景。覚えてる。身体が覚えてる。
「みんな…」
覚えてる。忘れてたんじゃない。逃げてたんだ。
いつまでも、いつまでも。失くしたことを認めたくなくて。

 小毬さん。いつも何事にも一生懸命だった。誰よりも笑顔が可愛かった。
あの笑顔はもう見れないけど、きっと、天国で僕を見てくれてるよね。あの笑顔で。

 クド。英語が最後までダメだったけど、日本人より日本人らしくしてた、奥ゆかしくて優しかった。
ストレルカたちもまだかなと帰りを待ってるけど、ついに帰ってこれなかったね。ごめんね。

 葉留佳さん。僕のクラスのバスにこっそり紛れ込んで、それから災難だったね。
君の悪戯についに引っかかることはなかったけど、今度は一緒に仕掛ける側に回りたいな。

 西園さん。白い日傘と時々出てくるちょっと怖い発言がドキドキものだったけど、楽しかった。
バスから投げ出されたとき、少し体の弱い君だから、痛かったよね。支えてあげられなくて、ごめん。

 真人。僕のルームメイトなのに、今まで忘れていてゴメン。
楽しかった。まるでホントの兄弟みたいだった。生まれ変わったら、また一緒になってくれるかな。
そして、僕を守ってくれてありがとう。

 謙吾。鈴を守ってくれてありがとう。鈴は今でも闇の中にいるけど、絶対起こして見せるよ。
だって、謙吾が守ってくれた命じゃないか。残ってくれた、命だから。

 恭介。あの爆発が少し遅れてたのは、恭介が何とかしてくれてたんでしょ?直感だけど、そう思うよ。
生き残った鈴は、絶対幸せになれるようにバックアップするから、安らかに、眠ってね。

 そして、僕の大切な人。唯湖さん。
お別れの前の日、何故かサボテンをくれたよね。サボテンだった理由も何となく覚えてる。
『サボテンは愛情を与えすぎると腐るんだ。だから、程よく突き放し程よく愛せ。ツンデレ精神だ』
何言ってるのか分からなかったけど、本当は不器用な僕に、愛情を教えようとしてくれてたんだね。
不器用なのはお互い様だけど、今なら言えそうだよ。
『ありがとう』
君の分まで、幸せになります。もう背負うものはないから。
出来たら、生まれ変わって、僕と出会ってください。
叶わないなら、僕がおじいちゃんになってそっちに行くまで、待っててください。
年老いて皺だらけになった僕を抱き締めて、ただ一言言ってください。
『おかえり』って。
だって、本当なら僕の帰るべき場所は、君の胸の中だったんだから。

 世界は、こんなに単純に出来ているのに、僕は気付けなかった。
目をそむけていたんだ。


 部室の写真は、やがて、理樹によって破られる。
「もう、いいんですの?」
「うん。見ていると未練が残るから」
恐らく最後になるであろう、佐々美と繋ぐ手。
だというのに、優しい気持ちにしてくれる握り方。初めてだ、こんなに温かいのは。
「直枝さん…いえ、理樹さん。お世話になりましたわ」
「僕こそ。ゴメン。傷つけてばかりで」
「いいんですのよ。結果あなたは私を見てくれた。もう宮沢様はいませんが、これからは」
と、その言葉から先は続かない。嗚咽が次第に涙に変わり、佐々美が泣き崩れたから。
「っぐす…ふぇぇ…っ」
「…大丈夫だよ。もう、一人じゃないから」
二人は、夕暮れの中、いつまでも抱き合っていた。
写真を残した、あの夕日の河原で。


 それから数年の月日が過ぎた。
直枝(旧姓:笹瀬川)佐々美は、その日、とある場所を訪れていた。
生々しい爆発の跡、そして焦げた地面。
時を経ても、この光景は決して変わらない。まるで放置されているかのように。
未だに遺骨片が出てくることもあるらしく、気味悪がって近づかない人が多いというのだ。
「…」
そこに佐々美がきた理由は簡単だ。
夫、直枝理樹は、半年前、現代医学では直すことの出来ない病を得て、1ヶ月前この世を去った。
同時に、まるで狙ったかのように精神が暗闇の底にあり、目を覚まさなかった鈴が目を覚ました。
今日はその鈴を連れ添っての外出だ。
「みなさん、直枝の遺骨をここに返します。生前故人が望んだ、あなたたちの隣に」
未亡人になってしまったが、その瞳には寂しさも後悔もない。
「どうか、天国でも一緒に野球をしてあげてください。ピッチャーはもう暫くこっちで生きたいみたいですが」
「当たり前だ。理樹たちの分まで幸せになるぞ。じゃなきゃじょーぶつできない」
これからは一人だが、ようやくにして、愛する人、理樹の心のモヤは晴れたのだから。
子どももいない寂しい結婚生活だったが、理樹を愛してよかったと思うこと、それは。
「愛情の使い分けが上手な、愛し上手、愛され上手。まるであなたが吹き込んだみたいですね、来ヶ谷さん」
あのサボテンは枯れてしまったが、その子孫が今、直枝家にある。
それが花をつける時期がもうすぐ巡ってくる。
「次は、いつ会えるでしょうか。まぁ、輪廻転生なんて信じていませんけどね」
それだけ言い、慰霊碑の下に遺骨の一部を入れ終えると、彼女は背を向ける。
「帰りますわよ」
「いやだ、もうしばらくいたい」
「…」
その先に、鈴が見ていたもの。
それは、頭の中のスクリーンに映った、あの日の仲間達。
同時に一陣の風が吹きぬけた。さようなら、また今度。そういい残して。
(終わり)


あとがき

グダグダです。そして救いのない終わり方でした。
個人的には事故死ENDが一番書きたくなかった。だけど、書いてしまえば次から書かなくていい。
そう思ったから一応は書いておきました。これ以降、特に依頼がない限り、死んじゃうEND後とかは
絶対書かないぞぉ。

ってことで、この作品、殆ど台詞がないことに絶望した!
理樹の一人語りの部分くらいしかないんじゃないの?って感じの出来上がり。
やっぱり曲が暗いとこんな感じにまでなっちゃうんだな…。

---守ろうとした掌で 握りつぶしてしまうよ---

本当はみんながいなくなったことで感情を吐露する理樹を叱咤激励するざざみを描きたかったのに。
相変わらず自分の不器用さに驚かされます。次回はそんな感じのものを…だから次回はないて。

※この作品は冒頭通り救いのないENDです。
 よって警告文を読まずに読んだための批判苦情は一切受け付けません。

【戻る】